OXエンジニアリングの会長、石井さんがヤマハ発動機株式会社から独立して設立したスポーツショップ石井に20歳の時に就職して以来、どっぷりバイクに浸かった生活をしてきた。常にレースの中で自分が作り上げたものと向き合ってきた飯星さん。それまではヤマハTZ250一人勝ちだった250ccクラスにホンダNS250が参戦してきて'88年頃になると、どんなにメーカーが作ったバイクをチューニングしても勝てない状態が続いて、悔しい思いをしてきた。そんなときバイク事故で社長の石井さんが車いす生活をすることになった。
オートバイをいじるかたわら、かっこいい車いすを作ることを始めた。当初は石井さん用のスペシャルマシンだ。OXエンジニアリングの車いすは、かっこいいと評判を集めた。この会社の成り立ちからいっても普段使いの車いすだけでなく競技用の車いすを製作するのは当然の事だった。1992年(株)レブが誕生する。
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