アテネパラリンピックの代表選手はとうに発表され、選手団は合宿・大会・練習にと励んでいる。そんな中、"シドニーパラリンピック健常者替え玉事件"で出場資格を失い、ソルトレークでは不参加だったIDクラス(知的障害)の競技はアテネではどのように扱われるだろうか。昨年、INAS-FIDは選手出場資格回復への努力のすえ、IPCに対する組織的な信用を取り戻した。そして、バスケット、水泳、卓球の3競技(9種目)で「公開競技」としての参加も認められている。参加選手合計132名。公開競技は、正式競技と同じ場所、同じように表彰式が行われるが、メダルのデザインは別のもので、正式記録には加えられない。しかし、実際、IDの選手たちが世界の舞台で戦える貴重なチャンスであり、今後の選手たちの競技環境にとって重要な一歩となる。
シドニーパラリンピックで、スペインのIDバスケットチームは12名のうち10名までが健常者であり、金メダルとなった。もちろん、メダルは剥奪された。しかし、この事件は、スペイン一国の問題に収まらず、2位となったロシアの不正も暴いた。この問題の本質、つまり、このクラスの選手資格の不明瞭さへの投げかけとなった。クラス分けが公平に機能していない以上、競技は成り立たない。それはどの競技についても同じだろう。競技は、勝つことが目的にあるが、公平なルールに基づいていなければ意味はない。それは、コートの内側だけの問題ではない。
シドニー後、INAS-FIDはIOC、IPC・IOCの制裁をうける。それは、選手資格の基準が明確になるまでパラリンピックをはじめとするIPC関連の大会への出場を見合わせなければならないという厳しいもので、アトランタ、長野、シドニーと参加し、これからというID選手の希望を奪った。ちなみに、シドニーでは日本は参加8カ国中最下位。112対51でギリシャに敗退している。スペイン・ロシアを除く順位は、ポーランド・ポルトガル・ブラジル・オーストラリア・ギリシャ・日本である。
知的障害の障害とは何か、ということから、現在、INAS-FID(国際知的障害者スポーツ連盟)はこの問題の解決に向けて歩み始めている。
アテネでのIDバスケットボールの出場枠は2カ国(24名まで)。うちホスト国であるギリシャに参加資格がある。対戦相手は、シドニーで繰り上げ優勝したポーランドとなっている。 なぜ、このようなことになっているか。それは、一度や二度、IDスポーツのトップクラスの試合を実際に観たことのある人ならうなずけると思うが、レベルの高い試合では、障害を見つけることは難しい。むしろその競技レベルの高さに驚き、感動する。そこには、障害が見えない。まして国際大会ともなれば、よりすぐりの選手、文化の違いがぶつかりあう。スペイン・ロシア代表はこの現象を逆手にとって、スポーツに必要なフェアプレーへの精神を自ら汚してしまったし、そもそも、IDの選手、そこにかかわる人々への冒涜を果たした。
国体・関東ブロック大会での、小川智樹監督(日本代表)
さて、そんな中、5月30日(日)埼玉県。10月に行われる第4回障害者国体のリハーサル大会という位置づけで行われた関東ブロックの予選会場では、バスケットボールの決勝が行われた。じつはこの関東ブロックは、国体の決勝、あるいはそれ以上と言われるレベルで毎年行われている。今大会も、シドニーパラリンピック参加経験のある選手たちを含む、横浜市vs東京都の戦いが繰り広げられていた。
「始めと終わりの5分が勝負。(横浜市は)これを間違っているんですよ」と、観客席で全日本コーチ、小川智樹さんはいう。試合は東京都のペースで始まり9点を先制していた。
シドニーパラリンピックで日本代表を率いた小川さんは、7月にスウェーデンで行われるINASグローバル大会の日本代表のコーチである。プロのコーチとしてIDスポーツの指導者に迎えられ、普段は横浜のグループホームのメンバーを中心としたPWLメイジャーズで選手達の練習を監督している。関東ブロック大会は、グローバル大会が近いこともあり、横浜市の代表チームには参加せず、観客席にいた。
試合は横浜市が落ちつきを取り戻し、4番・津恵祥平(PWL)の素晴らしいドリブルを中心に展開、逆転、15対11で1Qは横浜が先制。その後は徐々に点差を開いていく。中盤、東京都は15番・中村雄一郎(つばさ)を軸に反撃を展開するが、中村はファウルを取られる。その後、7番・横田保志、11番・青山光二が得点し、ペースを取り戻そうとするが、ファウルトラブルで中村が退場。その後、ゾーンプレスで追い上げ、横浜市の疲れもあって点差を15点まで縮めるが、集中力の戦いとなり、最終クオータまで逆転は起こらず、80対54で横浜市が勝利する。
過去12年で、横浜市が東京都に勝てるようになったのは、ここ3年のこと。2002年の関東ブロックで東京都を破り、優勝を果たした。その現場に私もいたが、それは、感動的なシーンだった。「10年かかりました」と、PWLメイジャーズを率いていた箕輪一美さんは言った。知的障害のある選手にプロの技術指導者・小川さんを迎え、その10年の大半は、小川さんとともに歩んできた横浜だった。昨年は人材豊富な東京都が優勝を取り返したが、国体での優勝にはつながらなかった。今大会は、その努力と成果が確実なものになってきたことが証明された試合と言える。
今回の試合について、小川さんは横浜市のスタッフではなかったものの、観客席では自分の教えたことが生かされているか、細かくチェック、記録していた。試合中何度も乗りだし、「そこはそうじゃないと言っているのに」とくやしがる姿もあった。ゴール下のセットプレーで焦り、何度もミスをしたことについて不満が募っていたようだ。試合後、「ま、良かったですね。おめでとうございます」と、声をかけたが、小川さんは「東京の自滅です」と、吐き捨てる。優勝はさほどのことではない、当然の結果で、重要なのはそこへ至るプロセス、そのレベルが低すぎる、と考えている。グローバル大会という目標がそこにあるのだろう。
IDバスケのおもしろさ
IDの選手は、普段の積み重ねがあっても、本番で力を出せるかどうかは、その時の構え方によって何が起こるかわからない。相手を低くみれば、技術を積み重ねてきていても勝つことはできないことが多いし、びくびくしていてもダメ。日頃の練習より、現場でのそうしたことの比率が高いと思われる。しかし、もちろん、日頃の練習によるコート内でのコミュニケーションの基礎ができていなければ、話にはならない。力を発揮するには、信頼できる指導者と練習環境、直前の集中力をいかにもっていくかということが大事。
7月のINASのグローバル大会には、今大会に出場した東京都・横浜市から合計6名の選手が日本代表として選ばれている。その他の都市からあと4名の選手が代表に選ばれており、日本代表チームは10名。本来選手枠は各国12名だが、日本では代表に見合う選手がこの10名なのだという。 アテネでは、ポーランドとギリシャの試合のみが行われるが、IDバスケットの選手が上をめざしていくには、選手のクラス、出場資格など、競技環境をつくる組織が解決しなければならない問題がたくさんある。そうした中で、IDクラスの選手が育っていくために、この競技とどうかかわっていけばいいのだろう。アテネでは、2カ国の試合を観ながらこの混沌とした状況を解決する方法と、もっとさまざまなIDスポーツの可能性がどこにあるか、考えてみたい。
【取材:佐々木延江 写真:森田和彦/2004年5月30日・第4回全国障害者スポーツ大会・バスケットボール競技関東ブロック地区予選/決勝戦・横浜市vs東京都】
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