アテネパラリンピック大会−26日 マラソンの男子視覚障害B1クラスで、高橋勇市選手(39)が見事、金メダルを獲得した。タイムは2時間44秒24。また、同じB1クラスでマラソンに出場した福原良英選手(36)は2時間53分56秒の4位に、保科清選手(57)=写真右は、2時間56分30秒で5位に入た。 そのほか、B13のクラスで出場した福留史朗選手(46)も2時間51秒56のシーズン自己ベストを出して11位となり、視覚障害者マラソンで日本勢が健闘した。
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君が代に涙、「これからも自己ベスト目指す」と 高橋勇市選手
金メダリストがスタジアムで応援していた妻・嘉子さんにかけた最初の言葉は、「ごめんね、銀で。次は金を取るからね」だった。市内にある大理石の陸上競技場パナティナイコ・スタジアム。高橋勇市選手が戻ってきた姿を会場で待っていた両親や職場の同僚が総立ちで迎えた。 残り100メートル、後ろから追いかけてきた選手とデッドヒートを演じた。尽きた力を振り絞って足を前に出す高橋選手の顔がゆがむ。ゴールの直前、抜かれたと思った。その選手が、B3クラスの選手と判明したのは、そのあとのこと。
結果は、今回2位に入ったシドニー大会金メダリストのポルトガルのフェレイラ選手を43秒離してのゴールだった。
抱負を聞かれるたびに、「センターポールに日の丸を掲げたい」を応えた高橋勇市選手。出身地である秋田県の人には「あきたこまちの稲穂のような金メダルを取りたい」と話した。 アトランタ大会で視覚障害者マラソン金メダルに輝いた柳川春己選手のことを知り、「自分もパラリンピックでメダルをとりたい」と大会出場を目指して、練習環境や実績、記録など、課題を一つずつ乗り越えてきた。 より速い記録を出すことにもこだわってきた。今回もガイドランナーを2人登録。前半20キロまでを神原淳一さんが、また、それ以降を中田崇志さんが伴走した。平素、高橋選手の練習を支えるガイドランナーは30人ほどいるという。
また、今回のコースは、アップダウンが激しいと、高地での合宿でトレーニングを重ねてきた。胃腸が弱いからと、水や食料を持ち込み、体調管理にも留意した。ここ1カ月は、速い伴走者に泊まってもらい、朝の練習を続け、週末にはマラソン大会に参加するため、全国に出かけた。
しかし、以前から抱える右足のアキレス腱の痛みに、当日の朝には痛み止めの注射を打たねばならなかった。 「いつも調子が悪いといいながら結果を出してくれるので、信じてるからねと言いました。やっぱり、裏切らなかったですね。勝てたのは、彼の精神力だと思います」と嘉子さん。
前半20キロは、5キロを19分から20分のペースで走った。ガイドランナーを務めた神原淳一さんは、「高橋さんは、ペースが落ちないんです」と高橋選手の強みを説明する。 神原さんによると、イタリアのドゥランテ選手が飛び出したものの、高橋選手は2位には言ったポルトガルのフェレイラ選手と、 15キロあたりまで併走した。その後、離されたが、じわりじわりと追いつき、27キロ地点でフェレイラ選手を抜いたという。
後半のガイドランナーを務めた中田崇志さんは、「勝つことが重要だったので、前半はペースを崩さずに進み、後半は高橋選手の余力を見ながら走りました」と話した。
ゴールした高橋さんは、疲れを見せずに、「作戦通りでした。熱くなくて気持ちよかった。アテネの風になりました。金が取れて本当によかったです。」と語った。 表彰式では、目標達成の充実感からだろうか、君が代を聞きながら、涙がほおを伝った。 「国内のいろいろな大会があるので、自己ベストを目指して、また、走りたいと思います」と心はすでに新たな挑戦に向かっている。
【文・撮影/武藤歌織】
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