試合前から観客が多い。メインスタンドが人で溢れかえっている。ギリシャ、アメリカ、カナダ、スウェーデンにデンマーク。そして日本の国旗が会場の中で大きく振られている。
今日はゴールボール男女の3位決定戦と決勝戦が行われる。選手の応援に来ている人もいれば、初めてゴールボールを見に来る人もいるだろう。隣に座った老人とその孫から「なんでこんなに静かなんだ」と言われた。会場中の小さな声や足音が重なり、会場にざわめきが生まれる時間が長くなる。その度に審判から発せられる「Quiet, Please」の声。日本のゴールボール競技人口は120人らしい。会場はそれより多い人達で溢れている。
人が多いということはそれだけ雑音も大きい。会場のギリシャ人にも言いたいし、ボランティアの人達にも言いたい。頼むから見るときに静かにしてくれ。携帯電話の着信音や子供の泣き声が会場中に響くん。ボランティアの人間が試合中に階段の音を鳴り響かせながら歩かないで。こっちは静寂の中に響き渡る選手の声やボールの音が好きなんだよ。隣にいたギリシャ人の2人にだけは熱説した。
自分は今日はカメラポジションから観戦しなかった。前半はスタンドにいた。今までずっとカメラを撮っていただけだったから、少しはスタンドで(声は出せないけど)応援したかったから。後半からは試合後の選手達の笑顔を信じて日本のペンチの真横に陣取っていた。
試合中の写真はあまり撮らず、今日は試合後の写真を撮ることにしたことに途中から後悔した。やっぱり試合が見たいし、選手が懸命にプレーしているその写真を撮りたい。欲張りながらそう思っていたら、タイムアウトの時間に会場を行ったり来たりしてしまった。そして会場の中で道の迷った・・。この会場は警備や案内がいい加減だ。昨日は通れた道が今日は通れないという。頑固で適当(いい加減)。ギリシャ人をいい現す的確な言葉だと今日心から思った。
移動途中に歓声が聞こえた。どちらかに点が入った。前半からの戦いぶりはフィンランドを圧倒していた。大丈夫。勝っているに違いない。
やっとのことでコートに着いた。電光掲示板に映る文字を見た。1対0で勝ってる!コートのまわりにはいつもの数倍のカメラマン。その半分以上が日本人。今日の試合の注目度は高い。開幕式のギリシャ戦なみのカメラマンの数。
試合は日本のペースで進んでいる。後半にも1点を追加して残り後数分。「このまま行ける」と思っていたが、やはり試合はそんなに楽なものではなかった。1点を返されて2-1。ここから守りきらなければいけない。今までで一番緊迫した時間。
浅井が弾いたボールが後ろにそれる。危ない!そう思った瞬間に小宮がカバーに入っていた。体を投げ出してボールに食らいつく。ゴールラインぎりぎりのセービング。守っている日本の選手達がとても頼もしく見える。
試合が終わった。監督達がコートに駆け入る。祝福の時間。慌しくカメラを抱えた。
笑顔。笑い声。憔悴しきった顔。泣き出す選手達。
笑顔で抱き合う選手達。この姿が撮りたかった。
カメラを切る。この瞬間を逃さないために。
表彰式。選手たちが会場に入ってくると会場全体に歓声が響き渡る。 どの選手も試合を終えた充実感と、今日で試合が終わってしまうという物悲しさを含んだ顔で表彰台に上がった。涙している選手。抱き合ってたり、サポーターに手を振って大声で叫んだりしている。
感動的だけれど、どこか感傷的。今日で終わってしまうんだ。そう思った瞬間この時間がとてもいとおしくなってきた。スタジアム。いつも声をかけてくれたカメラスタッフ。コートに張られている白線。スタッフに抱えられたボール。大会が始まっていままでずっと夢を見ていた。メダルを追いかける選手達。それを追う自分。すべての人達の顔が浮かぶ。
ありがとう。と小さく声を掛ける。選手達にだけでなくて、会場全体に、そして自分自身にも。
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/ BBS
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