スーパー大回転の男子立位カテゴリーで銀メダルを獲得したマティアス・ランツィンガー(LW4/オーストリア)。実は少し前まで、彼はオリンピック出場をめざす有望レーサーのひとりだった。オーストリアは“アルペン王国”と呼ばれ、有力選手を次々に輩出することで知られている。人気スポーツの筆頭であるだけに選手層はきわめて厚く、強化指定を受けるための競争も非常に激しい。その中でランツィンガーは、若くしてワールドカップ出場のメンバーに入るだけの実力を持ち、将来的に主力選手となることを期待された存在だった。ジュニア世界選手権では金メダルを獲得し、また2005年にはワールドカップのスーパー大回転で表彰台も経験。その歩みは、特段の派手さはないものの着実であるように見えた。
しかし2008年3月2日に、彼のスキー人生を大きく変えるアクシデントが起こる。ノルウェーで開催されたワールドカップのスーパー大回転で激しく転倒し、左脚に深刻なダメージを負った結果、膝下の切断を余儀なくされたのだ。この不幸な出来事は、オーストリアだけでなく世界中に報道された。
そして2011年、ランツィンガーはアルペンスキーの世界に復帰を果たす。その舞台は、以前とは少し違ったものになった。失った脚の代わりに義足を着け、障害者アルペンスキーのレースに参戦し、パラリンピック出場をめざす。これが彼の選んだ新しい道だった。
ここまでハイレベルな経歴を持った選手が参戦してくるのは、障害者アルペンスキーの歴史の中で初めてのことだ。しかも、比較的軽い障害クラスであるだけに、「すごい滑りを見せてくれるに違いない」という期待と、「他の誰も相手にならないのではないか」という不安の両方があった。
しかしその予想のひとつはあたり、ひとつは外れることになる。確かに、ランツィンガーの滑りはすばらしかった。義足の扱いに慣れるにつれ、それには磨きがかかっていった。しかし、ワールドカップで全戦全勝するほど圧倒的かというと、必ずしもそうではなかった。もともと稀有なタレントが各国から集っていた男子立位カテゴリーは、パラリンピック開催を前に強化に力を入れるロシアの台頭もあり、かつてないほどの激戦区と化したのだ。
そしてソチでも、その戦いの激しさは充分に証明され、伝わったものと思う。元ワールドカップ選手のランツィンガーをもってしても金メダルには届かなかったという事実が、障害者アルペンスキーの現状を広く知らしめてくれることだろう。もちろん、彼は勝者の引き立て役にとどまる選手ではない。残りの種目では、あと一歩届かなかった金メダル獲得に向け、障害をまるで感じさせないフルアタックを見せてくれるはずだ。