聞こえない聞こえにくい人のオリンピックである「デフリンピック」が、来年2025年11月15~26日に東京で開催される。正式名称は「第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025」。
サッカー競技は福島県Jヴィレッジで11月14~25日の12日間開催、そのちょうど1年前に女子デフサッカーの強豪アメリカ代表が来日し同地で合宿を敢行、日本代表と2試合のトレーニングマッチを行った。
アメリカはデフリンピックで4度の金メダル、世界選手権で3回優勝、チーム創設以来一度も負けたことがないという絶対王者。一方の日本は2009年(台北)、2013年(ソフィア)大会でともに7か国中6位(注1)、2022年1月のブラジル、カシアス・ド・スル大会では3位決定戦進出が事実上決まっていたが、選手団全体の全競技辞退(注2)で不戦敗となり、5か国中4位で大会を終えている。
(注1)デフリンピックや日本代表の歴史等についてはこちらの記事を参照
(注2)ブラジル大会での選手団辞退に関してはこちらの記事を参照
なかなかデフリンピックでは結果を残せていない女子日本代表だが、デフフットサル女子日本代表は2023年11月のW杯で世界一に輝いている。デフの女子選手は層が薄くサッカーとフットサル双方をプレーしている選手も少なくなかったが、悲願の世界一奪取のため、2022年1月のブラジルデフリンピック以後はフットサルに専念。その甲斐あって見事W杯では優勝を果たしたが、サッカー代表は手薄となっていた。またW杯優勝以降も、2024年3月の冬季トルコ・エルズルムデフリンピックから新たにフットサル競技が追加、さらには次回冬季デフリンピックとの重なりを避けるためW杯が2年前倒しされ、2025年6月の開催となるなど、フットサルとサッカー双方をプレーするのが難しい状況が続いていた。
しかし11月1日付でフットサル代表山本典城監督がサッカーの代表監督も兼任することとなり、そのことを契機として、フットサルの選手たちも今回の合宿には数多く参加することになった。
その日本代表がアメリカ相手にどんな試合を見せてくれるのか、どこまでやれるのか、興味の尽きない試合となった。
アメリカとの第1戦
15日の試合会場はJヴィレッジスタジアム、筆者が前回訪れた2016年はピッチに職員住宅が立ち並び、時計は東日本大震災の2時46分で止まったままの状態だった。
緑の芝生に散った日本は3・5・2、アメリカは4・4・2でのキックオフ。
45分計の針が2分を指すと、アメリカはキャプテンの右サイドバックMia Whiteからのパスを受けたFWのEmily Spreemanが反転しゴールを決め早くも先制。日本の急造3バックの穴をつかれる形ともなったが、その後は左CB中島梨栄や右CB石岡洸菜の体を張ったカバーも良くなり、アメリカにボールを回されるものの最終ラインも落ち着きを見せる。
そして12分、ボランチの阿部菜摘が高い位置でボールを奪い、前線の高木桜花へパス。
高木が「直感的に今だと思って打った」左足でのシュートは、美しい軌道を描いてゴールに吸い込まれ日本が1-1と同点に追いついた。
過去のアメリカとの試合では、特殊なフォーメーションで対抗したり、極端に引いたり、それでも歯が立たないという試合が多かったが、ボールは持たれているものの、アメリカと対等に戦えていることに筆者は少々感動した。実際、アメリカ代表監督Amy Griffinも「前半の20分は本当にイーブンな試合」と感じていたという。
しかしその後アメリカは屈強なFW23番(選手名は未確認)が次々とシュートを放つ。だがGK國島佳純が再三の好守でゴールを死守する。前線でも杉本七海と高木のコンビでアメリカゴールに迫る。だがシュートまでは持ち込めず3人目がからんでいけない。
そして33分、アメリカの23番に中島が振り切られ、GKと1対1となり勝ち越し点を決められてしまう。前半はそのまま2-1で終了。
後半に入ると日本の選手のスタミナ切れや両チームの選手交代もめまぐるしく、スルーパスも数多く通され4失点。結果としてはアメリカに1-6と敗れた。
アメリカの印象を、唯一の得点をあげた高木桜花は「切り替えの早さも差がなくて、個人の技術、レベルの高い選手がそろっていて、しっかりチームで共通理解をして戦ってきている」、中盤の底で存在感を見せた阿部菜摘は「連係が上手かった。間に通されることが多かったのでそこは日本の足りないところ」と語った。
日本代表よりも先にJヴィレッジ入りし合宿を積み重ねていたアメリカ代表に対して日本代表は山本新監督になって初めての候補合宿、「戦術的な落とし込みは前日の3時間しかなかった」なかでの試合、山本監督は「前半の内容だけみたら全然悲観する必要はなく、自分たちがもっと勝ちに繋げられるチャンスはあった」「フットサルから来ている選手を含めて、闘える選手が前半出ていて、20年近く負けてないチーム相手に闘えていた。それをどう全体につなげて90分のなかでしっかりと勝ち切れるチームにしていくか」「来年のデフリンピック本番に向けて収穫は多かった」と振り返った。
翌16日には前日の試合で出た課題をチームで共有、練習やミーティングを行い17日の再戦に備えた。
フットサル組の合流が決まったのは合宿間近で、各々の仕事等、予定の変更が出来なかった者も少なくなく、初戦の先発メンバーのうち「闘えていた」3人が合宿を離れなくてはならず戦力ダウンも懸念された。しかしそれは残された選手たちのチャンスでもあった。
第2戦
17日はJヴィレッジ内のグラウンドで試合が行われた。
試合が始まり、筆者は少々驚いた。日本代表は縦横ともにコンパクトに陣形を保ち、アメリカにスペースを与えない。高橋遥佳、大島怜、榊原莉桜香の3バックは横幅もコンパクトで間にパスを通させない。アメリカは明らかに攻めあぐねていた。
そして日本がFKのチャンスを得ると阿部菜摘のシュートはクロスバーを叩きゴール下へ、跳ね返りに高木桜花が飛び込むが惜しくも先制点とはならないが、大いなる期待を抱かせる。
しかし20分を過ぎたあたりからアメリカの選手をフリーにする場面が目立ってくるようになり、25分、30分、38分、45分と前半で4失点を喫してしまう。
後半は季節外れの暑さも相まって、かなりぐだぐだの展開となり、日本代表は0-7で敗れた。
「前半の20分、25分くらいまでは意識する形が出来ていた」それ以降は「実行するためのフィジカルが足りていない」と山本監督はいう。
サッカー一筋でやってきた杉本七海は試合後、全身に悔しさを滲ませていた。
「チームとしてはまず守備が甘いところもあってチーム内でもっと厳しく言い合える仲間になれたらと思っているし、自分のプレーも、足攣ったというところもあったんですけど、全然アメリカに勝てる気はしないし…。次は勝てるように個人個人が技術、体力など、みんなが高いレベルで自主練して、みんなが力を発揮してやっていきたい」と思いを語った。
高橋遥佳も、日頃のトレーニングの必要性を痛感したという。
「アメリカはブラジルデフリンピックの時よりも伸びているので、私たちも日常の生活から変えなくてはいけない」
フットサル代表は世界一になるために、日々の生活から徹底的にフィジカルを強化してきた。
サッカー代表も「デフリンピックで優勝を目指すのなら」、90分闘い続けることができるフィジカルが必要だ。
そのことを「それぞれがしっかりと受け止めて、次の合宿までの日々に向き合っていってほしい。確実にあと1年あればチームもみんなも、変われるチャンスはたくさんある」と山本監督は選手たちに思いを伝えた。
そして選手たちはその思いを各々の日常に持ち帰る。
フットサルメンバーが加わったことによりデフサッカーのレベルが上がったことは高木や高橋も感じていた。そして危機感も痛切に感じていた。
高木は「前回合宿の練習試合の時よりプレーの幅も広がって、すごい刺激や危機感を感じさせてもらって、いい影響を与えてくれている存在」とフットサルメンバーへの印象を語った。
世界一となったフットサルとサッカーメンバーの融合はデフリンピックに向けての大きな力となっていくはずだ。
一方、フットサルメンバーはサッカーとの両立というミッションに挑むことになる。
阿部は「フットサルの動きを身に付いているので、動きの違いがむずかしい」という。ピッチサイズも違うし、ベンチと選手とのコミュニケーション方法も異なってくる。
2つの代表を率いる山本監督にとっても困難なミッションへの挑戦となるが、10年かけて世界一になるために詰め上げてきたもの、その大きな遺産が、確実にデフサッカー女子日本代表の力となっていくであろう。
アメリカ代表チームがデフリンピック1年前に来日し大会会場で合宿をおこなったのは、気候や食生活、様々な環境にも慣れるためのシミュレーションだったが、大いに成果はあったという。
Amy Griffin監督は「今回日本に来たもう一つの理由は日本が世界でも優れたチームであること。日本と対戦することで彼女たちのスキルや、洗練されたプレーを学びたいと事前キャンプに来た」のだという。リップサービスの側面もあると思うが、自らも第1回女子W杯優勝メンバーであるAmy Griffin監督は、フットサルで世界一になった日本チームには警戒感があるのだろう。
キャプテンMia Whiteも日本チームの印象を「リスペクトが凄くあります。彼女たちのスキルや、ゲームをする上での知識、サッカー偏差値が本当に高くていいゲームができた」と2試合を振り返った。
男子ろう者サッカー選手権
Jヴィレッジでは並行して「第19回全日本男子ろう者サッカー選手権大会」が16、17日の2日間開催、北海道、東日本、西日本、九州選抜チームが参加。デフサッカー男子日本代表監督の吉田匡良監督も会場に足を運び、代表選手たち、新たな才能の選手たちのプレーに熱い視線を送った。そのこともあってか、白熱したプレーが多々見受けられた。
決勝は東日本と西日本の対決となり、東日本選抜が4-0で勝利し優勝。MVPには日本代表選手である林滉大(東日本)が選ばれた。
吉田監督は、選手たちが本大会のグラウンドでプレーできたこと、ちょうど1年前に気候を体感できたことは大きなアドバンテージ、プラスしかないと大会の成果を語った。
昨年開催された世界選手権で準優勝した男子日本代表は、デフリンピックでは当然金メダルを目指すことになる。
カウントダウンイベント
また福島県主催の東京2025デフリンピック1年前カウントダウンフェスト「デフスポふくしま」も17日開催され、元サッカー日本女子代表岩渕真奈さんも来場、デフフットサル女子日本代表キャプテン岩渕亜依さん(怪我のためアメリカ戦には不出場)とのトークショーなどが行われ、デフサッカーの応援方法など、翌年のデフリンピックに向けてのトークが繰り広げられた。
東日本大震災前にはなでしこジャパンの合宿で何度もJヴィレッジを訪れたという岩渕真奈さんは、「福島でサッカー競技があることに意義がある」「震災からここまで復興するのにどれだけの人の力があったか」「ここに来て、ここで日本代表として戦うということにすごく力になる」「残り1年間皆さんの力になれるように盛り上げていけたら」と思いを語った。
デフサッカーは、主審がフラッグをホイッスルと併用しているなどの違いはあるもの、基本的には聴者のサッカーとルールは同じであり、一見するとはっきり言って「地味だ」。
他のデフスポーツも同様である。
では観る者をひきつけるものは何かと言えば、技術・体力に裏打ちされたうえでの「思いの強さ」だ。少なくとも、今のデフサッカー女子日本代表には「思い」はある。1年後、「思いの強さ」が誰の目にも映るようになれば、自ずと良い色のメダルは見えてくるはずだ。もちろん男子代表も同様である。
「東京2025デフリンピック」サッカー競技は福島県Jヴィレッジで11月14~25日の12日間、開催される。
(写真・筆者撮影 校正・佐々木延江)