Embed from Getty Images
9月1日から9月7日まで5日間に渡って開催されたパリ2024パラリンピックブラインドサッカー競技は、フランスとアルゼンチンの間で決勝戦が行われ、第2ピリオド終わって1-1のタイ、PK戦を2-1で制した開催国フランスの初優勝で幕をおろした。Paraphotoでは、日本代表のグループリーグ3試合(vsコロンビア、vsモロッコ、vsアルゼンチン)と7位決定戦のvsトルコ、更に決勝戦を既にレポートしているが、この稿では改めてパリパラリンピックのブラインドサッカーをいくつかの数字と現地での取材から振り返りたい。キーとなる数字は、「11800」、「1.2」、「3」の三つである。そして改めて最後に日本代表について触れることにする。
「11800」
これは試合が行われたエッフェル塔スタジアムの客席数だ(出典)。パリ大会と同じ8チームが参加するようになったロンドン、リオ、東京の各大会の座席数はそれぞれ、5000、4300、5000だった。記録に残っている最多観客数はリオ大会の決勝戦、ブラジル対イランの3118名だ(出典)。IBSA(国際視覚障がい者スポーツ連盟)のインスタグラムによると大会前8月18日の時点で5日間分、全席完売していた(出典)。この中には行政が買い上げて、小学生を招待していた分も含まれるが、筆者の肌感覚で一番観客が少なかった日本vsトルコの7位決定戦でも公式記録によると8979名で、リオ大会の最低観客数971名(7位決定戦、5位決定戦)に比べると9倍!も入っていた(チケット1枚で2試合連続しての観戦が可能なので、この人数は日本vsトルコの次の5位決定戦中国vsモロッコの試合終了時の数字と思われる。日本vsトルコの時には空席も目立っていた)。MCや会場のヴィジョンでいくら「静かに」と訴えても、ざわざわ感、プレーへのどよめきを消すことはできなかった。
さらに、フランスの伝統だろうか、観客が自主的にコールアンドレスポンス(自然発生的に誰かが「パラパパパラ、パッパラパー」と声をかけると「Allez!(アレー)」と応える)を合間にいれるのでなかなか静寂が続かない。さらにヴィルルー(フランス)のように観客を盛り上げる選手もいる。フランス戦になると、当然のように観客のボルテージは上がる。フランスでは、サッカーでも、ラグビーでもバスケットボールでもフランス代表を「Les Bleus(青)」と呼ぶ。そして、彼ら彼女らに対する掛け声も「Allez Les Bleus(行け!フランス)」「Allez Les Bleus, vos supporters sont la(行け!フランス、俺たちがついているぞ)」の二種類が支配的。たとえ初めての競技観戦でも、これさえ覚えておけばすぐに馴染め、自国のフランス代表を応援できるようになっている。
この状況については「フランスの文化として尊重するしかない(ブラジル ヴァスコンセロス監督)」と他国の監督も諦めがち。対策としては「大きい声を出すとかき消されるのでなるべく低い声でやりとした(フランス GKバルトロムッチ)」。「(『事前に準備したか?』という問いに対して)何も対策しなかった。そんなことは不可能だ。ナショナルトレーニングセンターは確かに高速道路のそばにはあるがね(コロンビア カリッジョ ラミレス監督)」という状況だった。日本は、今年7月にジャパンカップを大阪駅北側のうめきた広場というオープンスペースで開催した。これはエッフェル塔スタジアムでのプレーのシミュレーションという側面もあったが、筆者の感じたノイズ、歓声の圧力から判断するに、うめきた広場の会場とエッフェル塔スタジアムの雰囲気は全く別物と言っていいだろう。なお、ジャパンカップの観客数は公表されていないため比較できない。
ロサンゼルス大会(以下LA大会)においてブラインドサッカーはサウスベイ スポーツパークで開催されると報道されているが、具体的な規模に関する言及はない。ただ、パリ大会がベンチマークとなることは間違い無いだろう。大会運営がどうなるか楽しみだ。
「1.2」
これは、開催された全18試合における1試合あたりの平均得点数だ。この数字はリオ大会と同じレベル。東京大会の1試合あたり2.6点からみると半分以下に落ちている。リオ大会後、ゴールのサイズがフットサルと同じ2mx3mのサイズからグランドホッケーと同じ2.14mx3.66mと拡張された。より多くのゴールシーンを演出するためだ。一方で、プレー時間は東京からパリで1ピリオドのプレーイングタイムが20分から15分と短くなり、その分試合の強度、激しさも増している。攻撃から自陣への戻りも早く、自陣に侵入するボールホルダーに対して、3人または4人で対応するようになり、シュートチャンスが減っていると感じる。実際、1-0の試合が18試合中8試合、スコアレスドローが4試合。東京では、同じく7試合、0試合だった。如何に得点の少ないゲームが増えたかが理解できるだろう。両チームともに得点したのが決勝戦のフランス対アルゼンチンのみということを考えると、改めて1点がどれだけ重たいかがわかる。チーム得点ではブラジルが5試合で7点、ついでフランスが同じく5試合で5点、コロンビアが2点、アルゼンチンが2点。アルゼンチンはグループリーグ3試合を合計1点のみで突破している。ほんの一瞬が勝敗を分けたことが理解できる。
今回の状況をうけて、IBSAのブラインドサッカー部門の代表、エリアス・マストラスは「よりエキサイティングなゲームを提供するために(ゴールを)更に大きくすることを理事会に提案するつもりだ」と語った。ただ、もしサイズを大きくすると他のスポーツから流用とはいかず、独自に設計しないといけない。全世界で用具を入れ替えるコストを考えると現実的だろうか。
「3」
そして最後は3である。これは得点王となったヴィルルー(フランス 10番)、ノナート(ブラジル 8番)が決めた得点数だ(東京大会は8点、リオ大会は3点)。ついで複数得点を記録したのが、ホワン ダビド(コロンビア 10番)、ジェファーソン(ブラジル 7番)の2点。その他得点を決めたのは、フランスのバロン(6番)とユーム(9番)、アルゼンチンのエスピニージョ(7番)とフェルナンデス(8番)、ブラジルのリカルド(10番)とジャルディエル(11番)、中国の唐治华(2番)、刘猛(3番)、朱瑞铭(11番)、そしてトルコのアスラン(7番)とサタイ(11番)の11名。ちなみにそれぞれの選手がどれくらいシュートを放っているのか公式記録から見ると、平均して1試合あたり3回はシュートをうち、高くても成功率は30%、平均でも14%程度、つまりトッププレーヤーでも10回シュートして1-2点入るかどうかという数字であった。筆者は全試合をリアルタイムで見れなかったが、一番印象に残るのは、やはり、決勝戦でのパディージャのキックオフの浮き球のパスを決めたエスピニージョのゴールだ。先日開幕した日本のトップリーグLIGA.iの品川CCパペレシアル対yokohama buen cambioのキックオフ、キッカーの佐々木ロベルト泉が川村怜に対して、似たようなフワリとしたパスを送っていたが、川村は追いつくことができなかった。それを見て改めて、このプレーの凄さを感じた次第だ。未見の方は是非こちらを見て欲しい。
そのほか、フランス対中国のユームの1人パスアンドラッシュからのゴール。中国対トルコの唐治华のFKを受け反転しながら決めたシュートなどが筆者の記憶に残っている。
改めて日本代表はどうだったのか?
JBFAによると現在、全選手、スタッフと振り返りをやっており合意形成されるのが11月中頃ということだ。以下はあくまでも筆者が個別に取材した上での私見であることを先に断っておく。
数字で見える課題はシュート数と精度だろう。日本のチームシュート数39本より少ないのは、トルコの21本とコロンビアの20本だ。ただ、枠内シュート率は日本の44%に対してそれぞれ、67%、67%と3本に2本は枠内に飛んでいる。筆者も枠内に飛んだシュートで「惜しい」と感じたのは後藤将起がモロッコ戦で放った1本のみだ。中川英治監督が語っていた「プレッシャー下でのフィニッシュの精度」が一つの大きなポイントだろう。
では、なぜそういったことになってしまったのか?やはり、パラリンピックという大会の重さではないだろうか。2023年のバーミンガムで開催された世界選手権とパラリンピックでは会場のスケール、雰囲気がまったく違う。その環境に対する気持ちの持って行き方に難しさがでたのではないだろうか。キャプテンの川村怜は「ピークの持って行き方がなかなか難しかった」と表現した。別の選手は「今から戦うんだというモチベーションをうまく持って行けなかった」と振り返った。あるチームの監督は送り出した選手がすごいプレッシャーを抱えていると感じた。代表に4名選手を送り出したfree bird mejirodaiの山本夏幹監督は、試合中控えとしてベンチで待っているmejirodaiの選手の姿をみて「戦う気持ちがあったのか」と帰国後、質した。選手にしても様々なステークホルダーに対しての感謝を結果で表現しなければいけないという責任感がプレッシャーとなった。そういった中でどうプレーするのか、調子が悪い中でも負けないためのプレーのベースを上げていくことが必要ではないかという点を何人もの選手が口にしたあたりに今後に向けてのヒントがあるのではないか。
よくJBFA、選手は「ブラサカファミリー」という言葉を使う。ファミリーという言葉を文字通り解釈すると親と子供で構成される。もし親子という関係であれば、選手は子供に位置付けていいのではと筆者は思っている。親は、スポンサー、サポーター、ファン、様々なステークホルダーだ。本当にファミリーであるなら、子供が何をやろうと親は受け止めるだけである。多分一番期待するのは、子供の成長と笑顔ではないだろうか。戦う気持ちと楽しむ気持ちは一見相反するようだが、今回パラリンピックで取材してみて感じたのは、楽しんだもの勝ち、という法則だ。
陸上でこんなシーンを見た。女子T64(片下肢欠損)の走り幅跳びで優勝したオランダのフルール・ ヨングは、5回目のジャンプの前に興奮を抑えきれずに大きな声で叫んだ。その時はファールだったが、とてもリラックスした表情で挑んだ6回目のジャンプでパラリンピック記録を叩き出した。
日本の車いすバスケットボール女子は、5連敗で7位決定戦を迎えた。その試合ではそれまで封印していた「楽しむ」という気持ちを解き放ち、スペイン相手に自分たちが追い求めていた形を体現して勝利した。パラリンピック連覇、主要大会8連覇を飾った車いすバスケット女子オランダチームの大黒柱、マリスカ・バイヤーは「プレッシャーは当り前、ナーバスになるのも当たり前。その中で自分たちを見失わないことが大切」と語った。ここにも今後に向けたヒントがあると思う。
最後に
今回のフランス大会は、客席11800という従来の倍以上の大きさのスタジアムが満員になるなかでブラジルの6連覇が阻まれ、開催国フランスが優勝するというエポックメイキングな大会だった。日本代表にとっては、初めて体感する有観客のパラリンピックであった。LA大会を目指す新体制は、12月中に発表される。新しいチームはアジア選手権で優勝する、または2027年に予定されている世界選手権で上位に食い込んでロサンゼルスへの切符を手にして欲しい。その道程をブラサカファミリーの「親」として見守っていこう。
(校正・中村和彦、佐々木延江)