パリ2024パラリンピックの感動が冷めやらぬ中、東京では、新たな文化的挑戦の幕が上がろうとしている。9月22日、2025年に東京で開催するデフリンピック(聴覚障害者のオリンピック)に向け機運醸成を目的とした舞台公演の制作発表が、「TOKYOパラスポーツFOWARD(東京都主催)」トークイベントの一環として行われた。
東京2020パラリンピック開会式を手がけたクリエイティブチームが再集結し、その経験をもとに、さらなる高みを目指す野心的なプロジェクトの詳細が明らかになった。
東京2020パラリンピック開会式のレガシーから生まれた「SLが導く多様性の旅」
森山開次(東京2020パラリンピック開会式の演出・振付担当)が演出・振付を務めるこの舞台「TRAIN TRAIN TRAIN」は、車いすの少女が不思議なSL(蒸気機関車)に乗って旅をする物語を中心に展開される。「様々な乗客に出会い、新たな自分自身を見つけていく」冒険譚を、身体表現、音楽、言葉を交えて綴り、多彩なアーティストが表現する。「観客のアクセシビリティにも配慮し、誰もが楽しめるものにする」と森山は語る。
「身体表現では、ダンサーである僕がどこまで迫れるか。お客様にも身体表現って素敵だなって思ってほしい」と、森山は熱く語る。また同時に視覚障害のある人も楽しめるものにするという。さまざまな壁を超えた、普遍的な交流を呼び覚まそうとする意義が感じとれる。
アクセシビリティの新たな展開
栗栖良依(東京2020パラリンピック開閉会式ステージアドバイザーDE&I総合監修)が「アクセシビリティディレクター」として参加することも、このプロジェクトの特筆すべき点だ。「障害のあるパフォーマーが安全に舞台に立つことはもちろん、見る方が障害があってもなくてもアクセスしやすく楽しんでいただける作品にしていく」と、栗栖は自身の役割を説明する。
さらに、「障害のあるパフォーマーと、プロのアーティストの間に入って、それぞれの強みを活かし合いながら、新しい表現を生み出していけるように」と、創造的な橋渡し役としての機能も強調した。単なる「バリアフリー」を超え、真の意味でのインクルーシブな創作プロセスへの期待が高まる。
聴覚障害者との音楽
音楽面では、東京2020パラリンピック開会式でパラリンピック讃歌を編曲した蓮沼執太が参加する。注目すべきは、聴覚障害者と音楽を共有する新しい試みだ。栗栖は「音楽っていうのを聞こえない人と一緒にどのように共有していくかっていうところは、一つ大きなチャレンジ」と語り、このプロジェクトが舞台芸術の枠を超え、感覚の再定義に挑戦することを示唆した。
新たなオーディションへの誘い
このプロジェクトの革新性が表れているのは「一般公募のオーディション」を通じて、多様な参加者を募る点である。オーディションは東京大会の象徴的な取り組みだった。この手法はコロナの中5000人もの熱意ある応募の中から選び、ともに舞台を創り上げた経験とノウハウの集大成で、森山は「今回も特定のアーティストではなく、一般の障害のある人々の中から様々な人にこの舞台に関わっていただきたい」と述べ、東京2020パラリンピックで多くの人が共有した多様性の輝きをより広げていくことを重視する姿勢を示した。
東京2020パラリンピック開会式で主演を務めた和合由依の出演も決定している。和合はパラリンピック開会式で輝きを見出し、その経験をきっかけに3年間で大きく成長した。自身について和合は「マインドが大きく変わり、芸術への探究心が深まり、自分自身をアップデートした」と語った。「パラリンピック開会式の『We have wings』の作品以上のものを作っていきたい」と、意気込みを示した。彼女の言葉から、今回のプロジェクトが東京2020パラリンピックでの成功の再現ではなく、新たな高みを模索する試みであることが伺える。
東京は、一夜の夢ではない
このプロジェクトの意義は、東京という都市の文脈を超えて、グローバルな重要性を持つ。パラリンピックのレガシーをデフリンピックへと橋渡しすることは、より多くの障害のある人のスポーツとアートが融合しながら広まり、言語や文化の壁を打ち破って新たな文化モデルを構築する。
栗栖は「パラリンピックの開会式で培ったノウハウを、そこで終わらせるのではなくて、今回の東京芸術劇場だったり、エンターテイメントの世界のスタンダードに押し上げていくのは、私たちチームのミッションだと思う」と語った。これは、東京2020のセレモニーが一夜限りの夢ではなく、社会全体の日常を豊かに創り変えるパラダイムシフトへの野心的な試みだと言える。
日常社会の変革へ!
この舞台プロジェクトは、夢の実現に向けて人々の意識を前向きに変え、異なる背景や視点から生まれる化学反応を引き起こすなど、社会変革のカタリストとなる可能性を秘めている。障害の有無、言語の壁、感覚の違いを超えて、人々が共に創造し、共に楽しむ場を提供することで、エンターテイメントを通じてインクルーシブ社会の新たな姿を具体化しようとしている。
11月上旬には、オーディションの詳細とともに、すでに決定している「ビッグキャスト」の発表も予定されている。東京2020パラリンピックのセレモニーチームによるこの挑戦は、世界を視野に入れたスポーツ・コミュニティや文化プログラムの開発者、そして多様性とインクルージョンに高い関心を持つ全ての人々にとって大きな刺激となるだろう。
東京から発信されるこの新たな文化的挑戦が、2025年のデフリンピックや、後のパラリンピック、そして日常の豊かさへと向かう未来に、どのような波紋を広げていくのか。その行方は、まさに世界が注目するに値するものとなるはずだ。
(編集協力・栗栖良依 校正・中村和彦、森田和彦)