東京2020パラリンピックから3年が経過し、今、世界は次なる舞台、パリ2024パラリンピックに注目している。オリンピックからパラリンピックへのバトンを受け継ぐ中、東京大会の開閉会式でステージアドバイザーを務めた栗栖良依さんが振り返るセレモニーの裏側と、これから始まるパリパラリンピック開会式への期待がどのようなものか?注目せずにいられない。今回、栗栖さんと、サーカス演出担当の金井ケイスケさんにインタビューし、彼らが東京大会でこだわった点や、パリでのセレモニーに注目するポイントを探った。この記事はインタビュー動画のエッセンスを紹介するものである。ぜひ、栗栖さんの生の声(動画)を聞いてほしい。
この記事は、東京2020パラリンピック3年の記念日に公開するインタビュー(動画)と同時掲載。ぜひ、パリパラリンピック開会式を前に試聴いただきたい。
栗栖良依と金井ケイスケの今
栗栖良依さんと金井ケイスケさんは、東京2020パラリンピックの開閉会式で共に舞台演出を手掛けたチームで、ここにつながるリオ2016閉会式の大会旗引き継ぎ式からのパートナーである。
栗栖さんは、ご自身も2010年に骨肉腫で足に障害を負ったことがきっかけでパラリンピックのセレモニーに関心を持つようになり、横浜市を拠点にヨコハマ・パラトリエンナーレなどのプロデュース経験をベースに、リオ2016閉会式・簱引継式、東京2020パラリンピックの開閉会式に携わった。
3年前の東京大会後、持続可能なアクセシビリティを高めるための新たな音楽プロジェクト「Earth∞Pieces」を6年計画で進めている。
金井さんは、フランスのサーカス大学を卒業後フランスで10年間活動、ヨコハマ・パラトリエンナーレで栗栖さんと合流し、東京大会後は地元の長野県松本市を拠点にサーカスアーティストとして活動している。彼が手掛ける「ソーシャル・サーカス」は、栗栖さんとのコラボレーションから生まれた新しい表現分野だ。
金井さんもまた、松本で障害のある人もない人も参加する「ムーンナイトサーカス」を展開している。二人は、東京大会を経験したアーティストとして、パラリンピック・ムーブメントの一翼を担う活動を続けている。
東京2020パラリンピックは「5000人を超える障害のある人の夢」
東京2020パラリンピックの開会式では、5000人を超える障害のある人々がキャストオーディションに応募した。新型コロナウイルスの影響で大会が延期されたが、9割以上が「それでも出演したい」という強い意志を持ち続けた。この情熱が、栗栖さんをはじめとするセレモニーチームの大きな力となった。
栗栖さんがこだわったのは、オーディションを通じて選ばれたキャストの個性を尊重し、その特性を活かした演出を構築することだった。
「オリンピックは、腕2本、脚2本みたいな、多少違いはあるにしても、同じような体型の踊れる人であることが前提という傾向が強いと思います。でもパラの面白いところって、そもそも脚がない人もいるよねとか、みんな体の形も違うし、認知の仕方とかも違う、その個体の強さ、ユニークさが大きい。そこから振付や演出を考えるからこそ、健常の人たちだけではつくれないような発想のものがつくれるっていうのがパラの面白さなので、まずはオーディションでとにかく面白い人を発掘して、その人たちをかっこよく見せるとか、さらに面白く見せるために、プロの演出家や振付家がその人たちと対話を重ねながらショーに仕上げてくっていう、その作り方を間違えないっていうのは結構こだわった部分ですね。そこさえ間違えなければ、結果的には大きく本質的なコンセプトがぶれることはないと思ってました」と栗栖さん。
ロンドン、リオ、東京へと引き継がれた「草の根」の活動。それが、パラリンピックの社会変革のカギ!
パラリンピックの開会式は、ただ競技前のショーではなく社会変革のメッセージを伝える大事な場でもある。栗栖さんは、ロンドン大会から始まった「草の根」の動きがあるという。障害のある人々の参加を促進し、社会の側の意識改革を促してきた存在がある。栗栖さんもまた、ロンドンのアンリミテッドなどの活動に共鳴し、東京大会でその理念を具現化するために尽力した。
しかし、パリではこの「草の根」の活動がどのように引き継がれるのかは、わからない。というか、ロンドン、リオ、東京と引き継がれたこの「草の根」とはつまり、地元の障害のある人々の創作活動のネットワークのことである。一部のプロのダンサーだけでなく、日常から創作活動を楽しむ人々と混ざり合い、非日常のステージに引き上げた。そこある社会変革の可能性の源をパラリンピック・ムーブメントとして展開したのだ。
栗栖さんは、パリ大会でも同様の動きが見られることを期待しており、その結果が社会に与える影響に注目している。
東京からパリへ!「開かれたオリンピック」パリ2024オリンピックの開会式の感想
パリ2024オリンピックの開会式は、セーヌ川沿いでの開催という大胆な舞台設定が話題を呼んだ。街中での開催は、東京で無観客開催を余儀なくされた状況を振り返ると、羨ましさを覚えるものであった。
栗栖さんは、パリの開会式について「フランスらしさがあふれていた」と評価する一方で、高額なチケットを購入した観客が、実際にはライブビューイングのような形でしか芸術パートを観られなかった点については懸念を示した。また、パリ、フランスでの居住歴の長い金井さんからは「パリのセレモニーだった」という指摘もあった。パリがフランス全体を代表しているわけではないと感じる、という。地方の生活者の視点から見ると、首都と地方の感覚の違いが浮き彫りになったという。
セレモニーの舞台裏
セレモニーの制作過程には、多くの制約が伴う。栗栖さんが関わった東京2020でも、様々な壁が存在した。例えば、コロナ前は特に企画演出やキャスト選考において、彼女はなかなか理解を得られないことが多かったという。それでも彼女は、「誰1人取り残さずに最後まであのステージに立つこと」という信念を貫き続けた。
また「パリのセレモニーでも、同様の承認プロセスが厳しかった点は同じだろう」と、栗栖さんはいう。その制約の中で、どのように自分たちのビジョンを実現するかが鍵となっており、パリだからこその部分として、演出家、アーティストへのリスペクトがあったのではないか。栗栖さんは、パリパラリンピックにおいても、こうした制約の中でどれだけ革新的なセレモニーを作れるかに注目している。
「コメンタリーガイド」は東京だけ?
東京2020パラリンピックで初めて導入された「コメンタリーガイド」がある。視覚や聴覚に障害を持つ人々がセレモニーの観戦をするための情報アクセシビリティ・プロジェクトだ。このガイドは、セレモニーの意味や背景を詳細に伝えるもので、無観客開催だった東京では観客に届けることが叶わなかった。選手やメディア関係者などが使い、実は障害のあるなしによらず、単純にセレモニーへの理解、作り手の発信と受け手の対話を促すツールとなっていることから、情報アクセシビリティのツールとして大きな可能性を持っている。
栗栖さんは、この取り組みを他の大会にも広めたいと考えているが、現時点でパリでの導入は不透明である。彼女は、パリでの開会式観戦を通じて、会場のアクセシビリティや運営における工夫を直接確認する予定である。(このインタビューもそのための作戦会議であった)
パリパラリンピック開幕直前に寄せて・・
パリ2024パラリンピックの開会式が間近に迫っている。栗栖さんは、セレモニーの裏側にある「キャストの多様性」と「草の根の活動」に注目している。また、金井さんは、パリという都市が持つ影響力がどのように表現されるかに関心を寄せている。
パラリンピック開会式は単なるスポーツの盛り上げイベントではなく、スポーツが社会に変革をもたらす力を持つ重要な儀式の舞台である。
パリのセレモニーがどのようにこの役割を果たすのか、その答えはまもなく明らかになる。
これからの活動
栗栖良依さんと金井ケイスケさんは、これからもそれぞれの活動を通じて、パラリンピック・ムーブメントを担う活動を続けていく。
栗栖さん:音楽プロジェクト「Earth∞Pieces」の次なる展開として、10月には大阪でのイベントが予定されている。また、東京都主催の「TOKYOパラスポーツFORWARD」では、東京2020パラリンピック開会式のスタッフ・キャストが集い、新たな仲間を加えて創作する新作舞台の制作発表を行う予定である。
金井さん:松本市を拠点にムーンナイトサーカスを続け、多様な背景を持つ人々との共創を目指している。この公演は、パラリンピックのレガシーを地方に根付かせる取り組みとして、さらなる発展が期待されている。
この記事は、東京2020パラリンピック3年の記念日に公開するインタビュー(動画)のガイドとして掲載。ぜひ、パリパラリンピック開会式を前に試聴いただきたい。
(インタビュー・丸山裕理、動画編集・森田和彦 写真・中村 Manto 真人、校正・地主光太郎)