「楽しもうぜ!」
精神障害を抱えた人のフットサルであるソーシャルフットボール、その協会理事長佐々毅の開会の言葉で全国大会の幕が開いた。
大会ごとに競技レベルが上がり勝敗に拘る傾向のなか、「ソーシャルフットボールの原点は何だろうと考えた時に『楽しんで、皆でいっしょになって、チームとしてやっていこう』というもの」であり、その点を言っておきたかったという。
全国から佐賀市へと集まってきた選手たちは、ソーシャルフットボールに出会う以前は引きこもっていたり入退院を繰り返していたり、大会中に話を聞けた選手だけでも、うつ病、双極性障害、統合失調症、強迫性障害、発達障害等様々だ。そんな選手たちが「認められる場」「自己肯定感を上げられる場」がソーシャルフットボールだ。
あるうつ病の選手は「落ち込みが激しいときは練習に行けなかったり」ということがあっても、「同じ病気を抱える者同士でいろんな話ができて自分を偽らなくていい、心を開いてお互いに話せたりした」という。
「同じ悩みを共有できたり、目標が持てることがありがたい」という双極性障害の選手。
「仲間との助けあいというか同じ感情を分かち合えるというか、周りがいるありがたみを感じられ人間的にも成長させてもらった」という統合失調症の選手。
普段の生活では接触が厳しくとも「プレーしている時は全然気にならなくなる」という強迫性障害の選手。
「目標ができることが大事。練習に毎週通うとかルーティンを作ることによって自分の生活の基本が出来上がる」と語る発達障害の選手。
そんな選手たちが所属する10チームが地域の予選を勝ち上がり、あるいは地域選抜の合同チームとして佐賀に集結、ABC3つのグループに分けられ、まずはベスト4を目指した。
グループリーグ
グループB(*グループリーグは12分ハーフのランニングタイムで行われた)
グループBの初戦は、前回大会準優勝amigo長崎とFC PORT(ポルト、神奈川)の対戦。
開会式では思いっきり腕を振って入場してきたポルトは、試合前のウォーミングアップからチーム全員が手拍子で雰囲気を盛り上げる。
前半7分、ポルトキャプテン阿部一樹の右サイドタッチライン際からのシュートがゴールネットを揺らし、ポルトが先制。9分にはアミーゴ長崎がGK鈴木仁と1対1になる場面もあったが鈴木の好守で得点を許さず、「公式戦2点目がなんと全国大会の得点でびっくり」と本人が振り返った阿部のゴールが決勝点となり、ポルトが初戦に勝利した。
葛岡哲監督は勝利の要因を「全員で戦ってきたことに尽きる。スタメンで出ている選手はもちろんベンチにいる人もアップから声をかけていて、チームの力」と語った。
一方、「楽しむことと勝つことは相反することではなく、一緒だと思う。楽しめたら結果もついてくる」というアミーゴ長崎キャプテン八木英充は、「初戦はいつも固くて緊張や不安があって、自分たちのいいプレーが出せなかった」という。
またアミーゴ長崎は、前回大会で「チームの核の一人だったメンバー」が大会初日は欠席、「一般就労で次のステップに進む」ため2日目からの参加予定となっていた。メンバーたちは「舞台整えておくよ」と言い合っていたが、準決勝進出は果たせなかった。社会復帰はソーシャルフットボールの大きな目的の一つだが、戦力的にはダウンした面もあったようだ。
八木にとっての全国大会は以下のような場であった。「一つの大きな目標として皆で努力しながら楽しむ。どうやったら楽しめるか考え、失敗も繰り返しながら、不安感は皆強いんですけど、どうやって乗り越えていくかというところ、そこを味わえるので本当にいいかと思っています。全国大会という場があることで成長できる、人間的にも」
グループBはポルトが2勝し準決勝進出、1勝1敗のアミーゴ長崎は5~7位決定戦へ、2敗の「ひとしおや(中国地区の合同チーム)」は8~10位決定戦へ回ることとなった。
グループC
ソーシャルフットボールは女性が出場する場合は6人でのプレーが認められている(日本国内のローカルルール)。以前女性選手はゴール前に待ち伏せして、あくまでプラスアルファという印象だったが、女性選手自身のレベルアップ、及び6人を前提とした戦術が俄然進化している。
全国大会初出場のINTERVALO大阪の女性選手久保南帆は前線から献身的なプレスをみせていた。エストレージャあいち(第3回大会優勝)との対戦では、前半3分、前線の久保のプレスからパスコースを限定、東方雅文、伊勢田和樹がボールを奪うと伊勢田がするすると持ち上がり、ゴール左の角度のないところからのシュートを決めインテルヴァーロが先制。尚も9分には伊勢田からの浮き球のパスを受けた藤田脩太が相手をかわし、右足アウトサイドでニア上段に蹴り込む。さらに後半、北村広樹のゴールが決まり3-0でインテルヴァーロが勝利。Shikoku select(四国地区の合同チーム)にも伊勢田のゴールで1-0で勝利したインテルヴァーロ大阪が準決勝進出。1勝1敗のエストレージャあいちは5~7位決定戦へ、2敗のShikoku selectは8~10位決定戦へ回った。
グループA
グループAは4チーム、連覇を狙うEspacio(千葉)が3勝で得失点差19と強さを見せつけ準決勝進出、2位のYARIMASSE大阪は他グループの2位を得失点差で上回りワイルドカード枠で準決勝進出を決めた。石川県のヴィンセドールルミナスは1勝2敗で5~7位決定戦へ、今大会に向けて集結した地元佐賀のStrahl SAGAは3敗で8~10位決定戦へ回った。
能登半島地震で多大な被害を受けた石川県から参加したヴィンセドールルミナスは、チームが日頃活動していた体育館も1.5次あるいは 2次避難所として被災者の受け入れ先となり活動も制限された。
地震によってメンバーも5人が離れていった。今はフットサルどころではなかったり、練習に出て来られないくらいの精神状態になってしまった人もいた。キャプテンの川端浩頌も震災後は「練習や仕事も休んでいた時期もあった。ですがなんとか立ち直って全国大会に出ることができた」と語った。
今回参加したメンバーのなかでも実際に被災、あるいは地元が能登にある人もいたというが、「自分のプレーの一つ一つが、自分の挨拶の一声一声が、石川の能登の方々のためになる」と思って大会関係者たちにも敬意をはらっているメンバーたちの姿に、別宗利哉監督も胸が熱くなる思いだという。
ヴィンセドールルミナスは大量得点差による敗戦も多かったが、なんとか佐賀には中嶋健太のゴールで1-0と勝つことができた。川端は「成功体験として次につなげていけたらいい。1勝できただけでも被災地の方々を少しでも活気づけられたら」と語る。
Strahl SAGAは今大会勝つことはできなかったが、2日目のひとしおやとの試合では山下智史のゴールで1点を奪うことができた。今後佐賀でもソーシャルフットボールが根付いていくことを願わずにはいられない。
痺れる準決勝
(*決勝トーナメントは12分ハーフのプレーイングタイムで行われた)
大会2日目エスパシオとインテルヴァーロ大阪の対戦となった準決勝は、試合終了直後に「いい試合だったなあ」とソーシャルフットボール日本代表奥田亘監督も思わず声が出るような、痺れる試合だった。
両チームの激しい攻防のなか、先制したのはエスパシオ。前半3分、CKからのこぼれ球を木下翔が左足でミドルシュート、ニアをぶち抜いた。しかし6分には伊勢田からのスルーパスを藤田が蹴り込んでインテルヴァーロが同点に追いつく。さらにその直後には伊勢田からの折り返しのクロスがオウンゴールを誘いインテルヴァーロが逆転。
しかし9分には、エスパシオ藤原仁からファーに詰めていた福田真子へ、福田が合わせて同点。直後にも本田のシュートを福田がゴール前でうまく体で押し込みエスパシオが3-2と逆転する。
エスパシオの大角浩平監督は「思い切り打ってこぼれても彼女たちがいる、決めれるという安心感があります」と語るように、近年、女子選手の成長曲線は目覚ましい。
さらにエスパシオは12分、本田のゴールで4-2とリードを広げる。しかし粘るインテルヴァーロは、前半終了間際に東方雅文のゴールで1点差に詰め寄る。
後半エスパシオGK荒館毅の好守もあり、インテルヴァーロはなかなかゴールをこじ開けることができないが8分、藤田のポストプレーから伊勢田がゴールを決め同点に追いつく。大会を通じてエスパシオ竹田智哉のポストプレーは光っていたが、試合のなかで藤田はそのプレーを見て、盗み真似たのだという。まるで「スラムダンク」のような試合中の成長だった。
しかし試合を決めたのはその竹田。右サイドからのキックインにニアで合わせてゴール。5-4でエスパシオが勝利し決勝進出を決めた。
タイムアップの笛がなると、伊勢田や藤田、佐々木一樹は床に突っ伏した。
エスパシオ大角監督はインテルヴァーロ大阪の印象を「個人も上手いが連係プレーも上手い。予測していないところから走り込んくるので、そこがノーマークになったり、凄く脅威でどちらが勝ってもおかしくない試合だった」と振り返った。
もう1つの準決勝は、ポルトが橋口孝志のゴールでいったんは1-1に追いついたものの、やりまっせ大阪は豊田祐樹、友田卓斗がともに2得点、松本渉吾のゴールとあわせて5-1で勝利したやりまっせ大阪が初の決勝進出を果たした。
3位決定戦は準決勝の激闘から切り替えきれていないのかインテルヴァーロのミスもあり、試合開始から5分もたたないうちに、柴田直人、吉野誉、飛田秀樹のゴールでポルトが4-0とリードを広げる。
しかしインテルヴァーロは前半6分藤田、11分播井騎亜、後半5分藤田のゴールで1点差に詰め寄る。
それまでは足を痛めてこの試合ではベンチから激を飛ばしていたキャプテン東方が強行出場し気合を注入、後半7分藤田のこの試合3点目のゴールで4-4の同点に追いつくが、インテルヴァーロはエネルギーが切れたのか、伊勢田も足が攣り突然倒れ込む。
その後はポルトが大西奏楽、吉野が立て続けにゴールを決め、6-4で勝利し3位となった。ポルトの中村咲歩は女子選手のMVPである「なでしこ賞」を受賞した。
優勝はエスパシオ
決勝は連覇を狙うエスパシオと初優勝を目指すやりまっせ大阪の対戦。序盤からエスパシオが攻め込み、前半2分には本田がゴールを決め先制。しかし3分には、やりまっせ大阪もカウンターから飛谷龍一郎が同点ゴールを決める。
直後の本田のこの試合2点目のゴールで再びエスパシオが2-1と勝ち越すと、やりまっせ大阪は7分、友田のゴールで同点に追いつく。両チーム取りつ取られつの展開が続く。
11分、竹田がポストプレーから反転、左足でゴールに流し込み、再び3-2とエスパシオが勝ち越し前半を終えた。
後半、開始12秒にはCKから軽部斉広が、2分には吉澤がこぼれ球を蹴り込み、エスパシオが5-2とやりまっせ大阪を突き放す。
しかしエスパシオは、やりまっせ大阪の攻撃をファールでしか止められない場面も増えてくる。そして7分、やりまっせ大阪は第2PKを得ると友田が決めて5-3、11分には近藤享佑のゴールで1点差まで詰め寄るが反撃もそこまでだった。
最後はエスパシオが勝ち切って2連覇、通算3度目の優勝を飾った。
準優勝のやりまっせ大阪のキャプテンは女性選手の西村幸奈。フィクソのポジションで男性選手と渡り合い、削られるほどの存在感だった。2位はこれまでの最高位だが「2位は正直悔しい。次の大会につなげて優勝目指して頑張っていきたい」と先を見据えていた。
各チームともに6人目の選手である女性選手の重要度は増してきている。優勝したエスパシオの大角監督も「女性の選手の力は非常に大きい。彼女たち(福田真子、竹田幸子)がいなければエスパシオは成り立たない」と語った。
MVPを受賞したエスパシオのキャプテン吉澤は「喜びよりも、2連覇を目指した目標を、しっかりクリアできた安心感が大きい」と優勝を振り返った。
大会の最終順位は、
優勝 Espacio(関東地区代表)
2位 YARIMASSE大阪(関西地区代表)
3位 FC PORT(関東地区代表)
4位 INTERVALO大阪(関西地区代表)
5位 エストレージャあいち(東海地区代表)
6位 amigo長崎(九州・沖縄地区代表)
7位 ヴィンセドールルミナス(甲信越・北陸地区代表)
8位 Shikoku select(四国地区代表)
9位 ひとしおや(中国地区代表)
10位 Strahl SAGA(九州・沖縄地区代表)
大会が終わると各チームは様々な思いを胸に地元へ帰っていく。佐賀市から鳥栖方面へ向かう帰りの電車で、たまたま4位で大会を終えたインテルヴァーロ大阪のメンバーたちと乗り合わせた。
47歳のキャプテン東方雅文は大会を振り返り、何度も同じ言葉を繰り返した。
「楽しかったー!」
東方は試合終了後も、泣きながら「楽しかったー」「辞められへんわ。47歳やけど、こんなに泣けることないもんな」と溢れる思いを口にし、隣にいた17歳の播井騎亜も「17歳もそうです」と、ともに泣き、思いを共有していたという。
「人とつながり、ボールを蹴って楽しむ」という場は、とても貴重だ。
(写真提供・日本ソーシャルフットボール協会 松本力 校正・佐々木延江)