パリパラリンピックをめざすスイマーたちの強化合宿が、12月22日から26日の5日間の日程で東京都北区のナショナルトレーニングセンター・イースト(以下、NTCイースト)のプールで行われた。今年は8月にマンチェスターでの世界選手権、10月に杭州でのアジアパラ競技大会があり、つい先日は佐賀での日本選手権を終えた。
今回の主なプログラムは、水中動作の撮影によるフォームの分析とフィジカル測定で、得られたデータから効果的なトレーニングやコンディショニングを考え泳力アップをめざす。このメニューは毎年この年末合宿で行われている。
また日頃一人で練習している選手たちにとっては、集まることでお互い声をかけあい、ともにパリを戦う大事なチームビルディングの時間にもなる。
23日(土)午後、その合宿のなかで選手たちがそれぞれの状況を語った。パリへの日本代表を選出する来年3月の選考会にむけ最後の調整に入ろうとしている。あらためて主な顔ぶれを紹介する。
鈴木孝幸(GOLDWIN)静岡県浜松出身
2004年アテネ大会からパリ大会へ、パラリンピック6大会連続出場を目指す鈴木孝幸。今シーズン共に5大会に出場した山田拓朗の引退で、ついにただ一人のアテネからの現役選手となった。東京パラリンピックで日本人初のIPC(国際パラリンピック委員会)アスリート委員に選出され、パラリンピアンとしての国際的な活動にも力を注いでいる。先天性四肢欠損。
「測定合宿では、泳ぎと筋力的な部分が去年と比べてどう変化しているかを見て、3月にむけてのトレーニングや泳ぎに生かしていきます。
肩の(痛み)のほうは回復していて、しっかりと回せるようになってきたので質の高いトレーニングができるようになった。課題は「ストローク長」で、ひと掻きで進む距離がまだ短い。回転を少し抑えてでもストローク長を伸ばす意識で泳ぐことが大事かなと思っています。3月までに形にして、選考会で派遣、強化S指定も切りたい」
山口尚秀(四国ガス)愛媛県出身。この3週間、武者修行で英国へ
100m平泳ぎS14(知的障害)で世界記録を更新し続ける世界王者・山口尚秀は、8月マンチェスター世界選手権で優勝し、いち早く東京に続く2大会目のパラリンピック出場を決めた。この11〜12月の3週間は再びマンチェスターを訪れ、現地イギリス代表の強化合宿に合流、地区大会にも参加したという。地区大会にはゲストでオリンピック平泳ぎのスイマーが出場、山口は海外のオリンピアンと並んで競う経験もできた。
「イギリスではオリの選手とパラの選手が一緒の選考会で代表に選考されている!」と話し、現地の文化に刺激を受けていた。異国の地での交流と練習体験は山口のモチベーションを高めたようだ。
川渕大耀(宮前ドルフィン)神奈川県出身。クイーンズランド選手権で自己ベスト!
注目の中学3年生・左足切断の川渕大耀(宮前ドルフィン)はストロークの長さが強み。今年は初めて海外遠征に取り組み、400m自由形S9でいよいよ世界へ挑戦しようとしている。地元クラブと中学の水泳部で練習するほか、このNTCのプールでも練習している。10月の杭州アジアパラでは金メダルを獲得したもののタイムは今ひとつだった。12月にはいって出場したクイーンズランド選手権(オーストラリア)での400m自由形で自己ベスト(4分21秒58)を更新した。
「オーストラリアではしっかりと合宿をやって大会に望んだ。地元の選手たちにすごく刺激をうけた。世界記録をもつ片足の選手(HALL Brenden)は本調子じゃなかったにせよ勝つことができて、水泳が面白いと思えた。呼吸の向きを左側に変えたのがタイムが伸びた理由。右(健足側)で呼吸すると、呼吸した時に支えることが難しくなり、水を抑え込みたいのだが、バランスが悪くなり、身体の軸がぶれてしまう。左呼吸(=欠損側)にすることでバランスが良くなる。動画分析で右呼吸と左呼吸の差を知ることによって、やはり左呼吸のほうがいいと意識をもって泳ぐことが大事だと思います」
窪田幸太(NTTファイナンス)千葉市出身。左腕麻痺
2018年ジャカルタでのアジアパラ・メドレーリレーで背泳ぎを担当し優勝。その後も背泳ぎをメインに東京パラリンピックで5位入賞。今年3月の選考会で自己ベスト1分5秒56をマークし、8月、初めて出場した世界選手権では最後のタッチ差で金メダルを逃した。後半で追い上げられ負けるという初めての経験が強く心に刻まれた。これまで取り組んできた後半の泳ぎの課題を実践で体験し受け止めなおすことができたようだ。10月の杭州では課題を意識しながら泳ぎ、金メダルを獲得した。
「今年は世界選手権とアジア大会でメダルを取ることができた。来年のパリにむけていい弾みになった。世界選手権の最後のタッチで抜かれてしまった課題を来年は克服したい」
木村敬一(東京ガス)滋賀県出身、全盲。「まだ7〜8割」
「(今年)2月3月から泳ぎの技術を見直して改善に取り組み、試合のなかで試した。うまくいっているところといってないところがある。まだまだ完成度低いので精度を上げていきたい。出来高は8〜9%(100%中)と思っている。泳ぎと効率のいい泳ぎにかなり差がある。イメージを埋める必要がある。いま取り組んでいることがどこまで辿り着けるかわからないが、着実に進歩したい。もちろん金メダルを取りたいが、何より悔いのない、いい泳ぎにしたい」
ーー世界選手権に現れたライバルのダニーロ・チェファロフについては?
「大きなイノベーションを起こして勝負しないと勝てる相手ではない。思い切った変化のきっかけをくれた選手だと思います。間に合うかわからないが、しっかりと納得いくものにしたい」
ーー(佐賀でタッピングデビューしたオリンピアンの)星奈津美さんは本番でも?
「それも挑戦のひとつ。有名な人が入ってくれると注目につながる。そういう力がひとつのスパイスになるが、パリ本番はどうか・・。希望は、普段一緒に練習している人と戦えるのが一番ではあるが彼女に一番お願いした部分ではなかった」
富田宇宙(EY Japan)熊本県出身、全盲
2017年に弱視(S13)から全盲(S11)にクラスが変わり、2019年ロンドンの世界選手権から木村敬一とともに世界トップを目指している。今年も多くの種目で自己ベストを更新した富田だが、200m個人メドレー、400m自由形、100mバタフライというメイン種目では難しい結果だった。「泳ぎの面では、とくにストロークの軌道、左手のキャッチという水をつかむ動作が苦手、体幹のボディポジションを高く持つことなど、まだまだ改善の余地がある」と話す一方で、富田はパラリンピックムーブメントの浸透にむけた意識を語る。
「毎日ぼくは自己ベストの更新にむけて頑張っている。パリを多くの皆さんに見ていただいてパラリンピックムーブメントを最大化することが一番重要なことだ。そのために必要な手段とか、できることを毎日全力でやっていく。それは決してオルタナティブ(代替え的)なことではなくて、自分にできることを何でもやっていくなかで、それは選手活動だけじゃない可能性もある。ビジネス、エンターテインメント、メディア、本を書くこと。いろんな形で多くの方にパラリンピックの魅力とか、ダイバーシティ&インクルージョンということを伝えたい。それが、選手として関わるうえでのモチベーションにもなるので、一貫性もって、自分にできることを精一杯やっていく」
ーーこれからはもう競技に専念するのですか?
「いや、競技に1日6時間ぐらい割けば、あと残り18時間を何に使うかという、それだけの話だと思うが?」と。眠る時間を8時間、食事に3時間としたら、残り7時間で、確かに何か活動できるのかもしれない。ただどうすれば一番なのか富田が悩んでいる理由を紐解く必要がありそうだ。
石浦智美(伊藤忠丸紅鉄鋼)新潟県出身、全盲
今年1月からの高城直基コーチの指導のもと世界選手権、アジアパラと出場し、佐賀の50m背泳ぎS11では世界記録の35秒09を更新した。
「今年は飛躍の年だった。昨年は思うようなタイムがでないなかで積み重ねた練習をコーチも変わり課題をクリアにして、ジャパンパラ、アジア大会、佐賀といいステップアップができた。3月はメダル相当のタイムで泳ぎたいと思います。いいコンディションで本番を迎えたい。
(この合宿では)大勢の合宿のなかで泳ぎが乱れたりせずいつも通り泳げるかが目標です。スタートをする時、(痛めている)右足に負荷がかからないようにしています」年始に千葉で行われる知的パラ水泳にも出場し、3月の選考会に向け機会を活用して取り組む。
辻内彩野(三菱商事)東京都出身、弱視
辻内のクラスはアジアに選手層が少なく、アジアパラではエントリー種目全てが開催されなかったため選考されていたが現地へは行かなかった。「半分わかっていたことで、そうなったらその分、パリへ向けて練習するつもりだった」と佐賀の日本選手権で話していた。佐賀での50m平泳ぎで自己ベストを更新している。パリに向けては、6月30日までにクラス分けが義務付けられており、上垣監督によると4月にクラス分けを受ける予定が決まっている。
「今年はタイムとしては世界選手権で東京パラに次いでいいタイムが出せた。怪我が多く競技以外のトラブルがあった。50メートルをメインに最初から最後までスピードを出し続ける必要がある。大きなストローク、パワーで海外の選手みたいにダイナミックに泳ぎたい」
木下あいら(三菱商事)大阪府出身、知的障害
今年のヒロインと言っていいだろう。木下のデビューの1年は順調に始まった。初めての国際大会(WPSワールドシリーズ・シンガポール)、8月のマンチェスター世界選手権では200m個人メドレーで銀メダルと2つのアジア記録の更新、10月の杭州アジアパラでは200mの個人メドレーと自由形で2冠を達成し、閉会式の日本選手団の旗手をつとめた。
上垣監督の談話
上垣匠日本代表監督は1年を振り返って「世界選手権で身体の選手は金が取れなかったのは課題。知的は女子で初めてのメダリスト(木下あいら)が出たのは大きなことだと思います。アジアパラでは若手選手の躍動があって、来年にむけていい材料となった。東京パラ以降、選手層は維持はできているものの分厚くできているわけではない。今後日本のパラ水泳のチームが世界Aランクのチームになっていくためには(選手層を分厚くしていく)必要があるだろう。今の選手層から来年パリへの想定はしている。メダル、金までもう少しの選手が確実に取れるように。今回の合宿でもピンポイントで改善を図っていくのが目的です。この積み重ねで来年勝負していきたい。人数は1月末までのMQS(参加標準記録)で決まってくると思うが22〜23枠はとれるんじゃないかという見通しは立てています。その中で現状メダルに絡んでいける選手は知的で2名、身体で4〜5名というところになると思う」と話していた。
<強化合宿参加者>
身体障害;
(男子)木村敬一、窪田幸太、鈴木孝幸、齋藤元希、富田宇宙、日向楓、田中映伍、荻原虎太郎、南井瑛翔、川渕大耀、(女子)石浦智美、由井真緒里、辻内彩野、小野智華子、福田果音、宇津木美都、西田杏
知的障害;
(男子)上村 温、関ケビン、齋藤正樹、佐藤悠人、中島啓智、山口尚秀、(女子)安藤 歩、井上舞美、木下愛萊、木村倖彩、福井香澄、渡邉麗美
(校正・地主光太郎)