2年後の2025年11月15日から12日間、聞こえない聞こえにくい人のオリンピックであるデフリンピックが東京で開催(自転車競技は静岡県、サッカーは福島県)される。
開催のちょうど2年前である15日からの12日間、東京・原宿で『みるカフェ』が期間限定でオープン中だ。
『みるカフェ』はデフリンピック開催に向けての東京都の理念「いつでもどこでも誰とでもつながる街の実現」というコンセプトのカフェである。
14日には『みるカフェ』オープニングセレモニーも開催。小池百合子都知事や東京2025デフリンピックアンバサダーの長濱ねるさん、川俣郁美さん、デフリンピック金メダリストの山田真樹(陸上短距離)、小倉涼(空手)も来所し、デフリンピックへ向けての各々の思いを語った。
デジタル技術の進歩がろう者とのコミュニケーションを変える
「みるカフェ」は聞こえない聞こえにくい人々にとって重要な『見る』カフェであり、ガラス張りでアイコンタクトもとりやすい。
店内に入ると東京2025デフリンピック応援アンバサダーである「KIKI」が出迎えてくれる。彼女はNHKが開発した手話が得意なデジタルヒューマン。まだリアルタイムの手話変換までには至っていないが、開発当初と比べると格段の進歩を遂げ、滑らかな手話表現を見せてくれる。
注文窓口には字幕の出る透明ディスプレイ「UCDisplay」が設置されており、聴者(聞こえる人)の注文の声が文字化されて表示、対面したカウンター内の聞こえないスタッフがキーボード入力すると返答が表示され、聞こえる人と聞こえない人をつないでいる。外国語にも対応しており、外国人聴者と日本人ろう者とのやりとりも可能だ。
テーブル上には他社の通訳サービス「VUEVO」や「KOTOBAL」も設置。「VUEVO」は101か国の同時翻訳機能も搭載、文字変換もスムーズだ。「KOTOBAL」はオペレーターによる遠隔手話通訳も取り入れており、手話と音声言語間のやり取りが文字化される。
その他、文字を音声で、声を文字で伝えられるアプリ「こえとら」や、音声がふりがな付きで文字になり、手書き入力もできる「Speech Canvas」も体験できる。
14日の「みるカフェ」オープニングセレモニーでは、小池百合子都知事が「Sure Talk」を体験。タブレットに向かって音声で注文すると、ろう者スタッフの前にあるタブレットへ文字化され表示、ろう者が手話で答えると、都知事のタブレットに表示されるというシステムだ。デフリンピック応援アンバサダーの長濱ねるさんも、興味深くその様子を見守った。
言語変換のみならず、振動を送ってともに触覚を共有できる「FEEL TECH」、そして「Hapbeat」はスポーツのプレー音、観客の拍手の盛り上がり具合を振動の強弱で直感的に体感できる。
「Ontenna」は音を振動と光で感じることができ、服や髪にも取り付けられることから、ろう学校の体育や音楽の授業で、生徒たちにリズムや合図を送ってタイミングを合わせるなど活用されているという。
その他、カフェにはデフ関連アートや手話絵本の展示もあり、様々な情報に触れる場にもなっている。
「みるカフェ」の「みる」は、試「みる」、試して「みる」という思いも込められており、デジタル技術を活用した「みるカフェ」で、聞こえないスタッフとの円滑なコミュニケーションを試みてはいかがだろうか。
障害は不便ではあるが不幸ではない
デジタル技術の進化が、聞こえない人にもたらす恩恵はとても大きい。ファックスが普及する以前、聞こえない聞こえにくい人々は、手軽に連絡をとることはできず実際に訪ねていくしかなかったという。
一方、聴者には電話があった。しかしその電話は、「聞こえない妻になんとか声を届けたい」というアレクサンダー・グラハム・ベルの思いが、発明につながったのだ。
デフリンピックアンバサダーで3歳で失聴した川俣郁美さんは、ヘレン・ケラーの「障害は不便ではあるが不幸ではない」という言葉を紹介し、不便を解消する必要性を語った。
「もともとは障害のあるかたのため、マイノリティのために作ったものが、結果的に社会に普及して皆の役に立っていることはたくさんある。例えばスロープ、エレベーター、音声読み上げソフトや日本語字幕など。日本語字幕で言えば、赤ちゃんが寝ているからテレビの音声が出せない、電車内で音が出せない時、日本語字幕を見ながら動画をみたりすることができる」。
しかし「社会はまだまだマジョリティにとって快適で、まだまだマイノリティ、ろう者にとっては壁があるというのが現状。デフリンピックをきっかけとして コミュニケーションのバリアを無くしていければ」と願いを込めて話した。
「もっとデジタル技術が進んでコミュニケーションのバリアがなくなり、聞こえる聞こえないを問わず交流し、お互いを知る場所が増えていくと良いと思う。知らないから、無知だから、差別や偏見につながるということもある。ろう者も聴者も互いに恐れのようなものがあるが、知り合ってみたらなんてことはない、同じ人間。ということで交流できる場が凄く大事。デフリンピックではそういう出会いの場が作れる」と、「場」の重要性を語った。
また「ろう者はサポートされるだけではなく、自分たちも社会に還元していくことによって、もっと良い社会が作れる。ろう者だからこそ気づく、見える、感じることがたくさんある。それを伝えて新しいものが生まれていく。デフリンピックはその様々な気づき、価値観、視点といったものが凝縮されている大変魅力的な大会」でもあると、デフリンピックが日本社会に与える影響を語る。
デフリンピックは第1回大会が1924年フランスのパリで開催、2025年東京大会は記念すべき100周年大会になる。しかし別の言い方をすれば、100年の歴史を有するデフリンピックを日本で一度も開催できなかったとも言える。ちなみにアジアでの初開催は2009年台北大会である。
遅れての開催となり、デジタル技術が進化している現在だからこそできることも探っていくべきだろう。
川俣さんはアメリカのギャローデッド大学(ろう者のための総合大学)への留学経験があるが、「アメリカでは高校からスペイン語やフランス語と並びアメリカ手話が選択できる学校が多く、手話ができる母数が増え、手話通訳の数も多く制度も整っている」「日本では手話言語条例が各地で制定されつつあり、学校で手話が学べる機会が増えてはいるが、年に1回手話に触れるくらい」だという。
デジタル技術の進展でコミュニケーションがスムーズになることはとても重要だが、やはりデフリンピック開催を通じて手話言語への理解、普及は極めて重要である。
デフアスリートたちの思い
オープニングセレモニーには2名のデフリンピック金メダリストも参加し、デフリンピックへの思いを語った。
空手の小倉涼はブラジル、カシアス・ド・スル大会(2022年開催)で、形(かた)と組手の2種目で金メダルを獲得。
「形」では演武する形名を手話や文字で申告、「組手」では審判の「やめ」は赤いランプ、残り15秒になると青いランプが光るなどの視覚情報がある。小倉は青いランプが光ると、その時の点差、状況に合わせて瞬時に戦略をたて勝利に結びつけた。
小倉は「聞こえる人の大会に参加することが多く、デフリンピックの参加は初めてで、どこを見てもみんなが手話で会話していることが素敵だった。海外の手話はわからないけど、なんとなくはわかって面白い」と大会の印象を語った。
各国の手話は異なるが、指さしやジェスチャー的要素など、視覚言語ならではの共通項も多い。
東京デフリンピックへ向けては「デフリンピックの認知度は低く、高まってくることを期待したい。結果をだすことは大事」で強い決意をみせた。
陸上短距離の山田真樹は現在渕上ファインズのアスリート契約社員。2017年トルコ、サムスン大会では、200mと4×100mリレーで金メダル、400mでは銀メダルを獲得。
しかしその後のブラジル大会では、新型コロナウイルス陽性者が11名出たことにより、日本選手団が大会途中で全競技を棄権。山田は得意の200m、リレーともに走ることができなかった。
「悔しかったですね。仕方なく、部屋に閉じこもってベッドで天を仰いで、ずっと天井を見ていた。そしたら競技場では200mが始まっているんですよ。でも僕は参加できない。部屋を出たらダメだということで、悔しくてもやもやした気持ちでいっぱいでした」
大会後も「切り替えよう、切り替えようと思っても体がついていかず、練習にもなかなか向き合えなかった」という。
「中途半端な感じだったんですね。それが1年続きました」
そんななか舞台にも挑戦。「元々パントマイムなど興味は持っていて、結果楽しくできて、それで練習にも向き合うことができた」という。
そして海外選手も招へいされた11月5日の200mのレースでは21秒75で優勝。
ベストタイムに近い走りということもあり、ブランクを乗り越えるとことができたという。
東京デフリンピックでは「どこを見てほしいですか?」という質問に、山田は「リレーですね。リレーはデフリンピックの終わりを意味します。最後、盛り上がって熱い熱い締めになると思いますので、心を一つにできます。あっという間に終わるので、皆さんそこを見てほしいです」とリレーの魅力を語った。
聴者のバトンパスは声をかけることが可能だが、デフのリレーは、歩幅等を計算して繰り返し繰り返し練習することが必要だ。「仲間を信頼することが大事」と山田は語る。
デフリンピック開催を通じては、「ろう者への理解が深まるといい。手話はわからないからコミュニケーション出来ないというのではなく、いろいろなコミュニケーションツール、身振りや筆談、スマホのメモ機能でもいいし、柔軟性あるコミュニケーションができる社会になれば良いと思います」と語ってくれた。
デフリンピックはパラリンピック競技のような見た目の特異性はない。一見地味なデフ競技にどう興味を持ってもらうかと問うと「一人ひとりの選手を知ってもらうこと。応援できる選手、推しを見つけてもらうことですかね」という答えが返ってきた。
手足も長く舞台映えもする山田真樹、凛とした佇まいの小倉涼、実力も申し分ない2人は当然「推し」の候補だろう。
みるカフェの詳細はこちらを参照
https://www.tokyoforward2025.metro.tokyo.lg.jp/news231026/
(校正・佐々木延江)