9月2日、3日「第2回 WPA公認 NAGASEカップ 陸上競技大会」が、国立競技場で開催された。
NAGASEカップは、障害の有無によらず世界トップを目指すアスリートから、自己ベストを目指す人、そして仕事をしながら学ぶ定時制通信制の高校生や、小さな小学生まで、陸上競技で競いお互いを高めあう「誰もが参加できるインクルーシブな大会」をコンセプトにした大会である。
東京パラリンピックで2つのメダルを獲得した和田伸也が所属する長瀬産業株式会社がメインスポンサーとなり、パラアスリートを対象にWPA(ワールドパラアスレチック)、VIRTUS(国際知的障害者スポーツ連盟)の世界記録樹立者に20万円、WPAアジア記録樹立者に10万円が支払われる。
今大会は、会場が国立競技場ということもあり、第1回の4倍近い参加者で行われ、世界新1、アジア新5、日本新6、大会新89が更新された。2日間の挑戦を写真とともに振り返ってみた。
湯口英里菜
9月2日、両足大腿義足使用というパラリンピックでも障害の重い湯口英里菜(埼玉陸協)は、女子200m(T61)で世界記録36秒10を樹立した。
「国立競技場で走ったのは初めて。ワクワクするし、新鮮な気持ちで走り切ることができた。健常の選手に引っ張ってもらった」と喜びを口にした。湯口のクラスは世界でも競技者が少ないため、パラリンピックでは種目が開催されていないが、記録は世界ランクに掲載される。
松本武尊
3日、両手足に麻痺のある松本武尊(ACKITA)は、男子400m(T36)に出場し55秒21のアジア新記録を樹立した。
ゴール直後に喜んでいたことについて問われ、「(7月の)世界選手権で最終コーナーの後に抜かれて4位となり悔しい経験をして、今日はそこを頑張って走り、手応えを感じた。上手く行った」と答えた。東京パラリンピックの新種目ユニバーサルリレーで金メダルメンバー、今年7月パリでのパラ陸上世界選手権(以下、世界選手権)に初出場した。
和田伸也
全盲の和田伸也と長谷部匠ガイドは、2日、男子800m(T11)で2分04秒79のアジア新記録を樹立した。
「2分4秒を切りたかった。ここで走ることができて幸せだ。パラ選手だけで走るより良い走りになったと思う。健常の選手も記録を出すことを楽しんでいる雰囲気を感じられた」と語った。
ロンドン、リオ、東京とパラリンピックに連続出場。東京パラでは1500m(T11)で銀、5000m(T11)で銅を獲得。7月の世界選手権では5000m(T11)で4位。今大会のメインスポンサーである長瀬産業に所属。
井草貴文
又吉康十
福永凌太
7月のパリ世界選手権に初出場、100m(T13)で金メダル、走り幅跳びで銀メダルを獲得し期待が高まる弱視の福永凌太(中京大クラブ)が、この2日間は男子200m(T13)と走り幅跳び(T13)に出場。
200mは161人中11位の22秒31、WPA世界ランクでは3位相当のタイムで走った。
「パラリンピック種目ではないので、楽しんで走った。パリの世界選手権に行って、より世界をめざす気持ちが強くなった。来年は神戸で世界選手権があるので、皆さんに見て欲しい」と語った。
近藤元
世界選手権の男子走り幅跳び(T63)では世界7位(6m)だった大腿義足の近藤元(摂南大学)は、今大会6m12と記録を伸ばした。
「世界選手権よりも飛ぶことができたのは、踏み切りの一歩前をタタンというリズムで踏み切るという修正が上手くいったから。今日は追い風もあり記録がでてセカンドベスト。今シーズンは6m50を出すという目標がある。スピードが1番、踏み切りが2番、着地が3番で、スピードをしっかり詰めたい」と、アジアパラへの意気込みを見せる。先輩となるメダリスト山本篤に借りた柔らかめのブレードを試していた。
三本木優也
「世界選手権に行って自分の走りが通用しないことを肌で感じた」と、生まれつき上肢に障害のある三本木優也(京都教育大学)。健常からパラの世界に転向し昨年夏、非公認のレースで100m(T45)の世界記録(10秒94)を切るタイム(10秒90)で走り、パラアスリートとして初参加した世界選手権で大活躍を目指したが、予選敗退した。現地では帰国直前まで動きについて短距離コーチに食い下がり、この1ヶ月、実践してきた。
「腕振りや腰の動きが全く違うものになった。腕をひくのではなく下で振るような動きを身につけることを意識している」と明かした。
今回は第2レースにも参加し100mを極めようと挑んだ。この日のタイムは11秒28。「今日は午前のレースと午後の第2レースを、国際大会の予選決勝と位置付けて勝負した。第2レースでタイムを上げれたのは良かったが、アベレージが低かったので悔しい」という三本木。この挑戦は、10月のアジアパラ、来年5月の神戸でのパラ陸上世界選手権、そしてパリパラリンピックへと磨かれていくだろう。
小野寺萌恵
女子100m・400m・800mと車いす・T34で日本記録を持つ、小野寺萌恵(北海道・東北パラ陸協)。7月の世界選手権100mは5位と、4位までが得られるパリパラの出場枠を惜しくも逃した。今大会も100m、400m、800mに出場した。
「400mは急にレーン変更となり、大回りのレーンにレーサーの設定を合わせることができなかった。1分8秒台は悔しい。体幹や手首を鍛え直し、スタートとピッチを早くすることによってアジアパラで優勝して記録を残したい」と気持ちを切り替えていた。
T54はアジアが世界の頂点
ロンドン、リオ、東京と3大会連続でパラリンピックに出場、世界選手権、アジアパラとT54・車いすでトップクラス、豊富な戦歴をもつ樋口政幸(プーマジャパン)は、800、1500、5000と出場した。3日、男子車いす1500m(T54)のタイムは3分06秒06。
「ぼちぼちでしたね。(後輩の)生馬選手を前に行かせようかとも思ったが、今日は、自分で全力で走った」と樋口。「国立で行われたので多くの選手が集まっていたのが印象的だった。健常者も多かったし、障害者もジャパンパラ陸上より多かった気がする。国立競技場は懐かしいというか、やはり感慨深いものがある。この秋のアジアパラ、T54はアジアが世界トップレベルなので、そこへ向けて準備していく」と語った。
来年で引退を口にし、「行けても行けなくてもパリへの挑戦が最後」という常に競技を楽しんできた「キング・樋口」の走りを見守りたい。
生馬知季
生馬知季(WORLD‐AC)は5月にノットウイル(スイス)で開催されたワールドパラアスレティクスグランプリ大会で男子100m(T54)13秒93の日本記録を達成し、今大会での再突破を期待されるも14秒93と及ばず。
「世界選手権が終わってからさらに高いレベルにアップするためにレーサーを乗り換えたが、また使いこなせていない。スタートが前よりも出遅れているので課題が多いと感じた。そこは突き詰めていかないといけない」と話していた。
前川楓
大腿義足の前川楓(新日本住設)は、リオ、東京とパラリンピック2大会に出場。これまで、女子100m(T63)と女子走り幅跳び(T63)の選手として、世界選手権でも女子走り幅跳びで6位入賞した。その前川が投てき(F63)に初チャレンジ、12m98の記録を残した。
「世界記録を調べたら13m74で、超えられるのではと思った。ゼロからやってみました。久々にチャレンジする楽しさが味わえたので息抜きできて、再び100mや走り幅跳びを頑張る気持ちに繋がった。来年もチャレンジしたい」と終始笑顔だった。
4×100リレー
知的障害の選手で行われた、JPA選抜・男子4×100リレーは、5チームで争われ、JPA選抜チームが43秒08の世界記録を超えるタイムをマークした。メンバーに国際クラス未登録の選手を含むため、記録は日本記録とされた。
第2走を担当した臼木大悟(KAC)は男子100m(T20)日本記録をもつ。「世界記録を目指す第一歩が踏めた。初めて組んだメンバーで、バトンの受け渡しができるか心配だったが、安全につなぐことを4人で意識できた」と、レースを振り返って語った。
小学生の部
NAGASEカップに新たに小学生の部が新設され、137名が参加した。うち車いす2名。車いすの参加資格は「レーサー(競技用車いす)を所持していること」のみ。義足その他の障害のある選手は出場がなかったが、障害の有無によらず競い合う小さなアスリートたちの姿も、すぐに当たり前の風景となる日は近いだろう。
(写真取材・秋冨哲生、地主光太郎/校正・佐々木延江)