10月24日に閉幕した2014仁川アジアパラ競技大会。日本は合計7個のメダルを獲得した自転車種目だが、参加人数は大会側の事前想定に届かず、今がまさに発展途上期という感のあるアジアのパラサイクリング。その今後の展望について、今大会で自転車競技のTD(テクニカルデリゲート=技術代表)を務め、国際審判(UCIコミセール)としても世界のパラサイクリングシーンに身を置いて来た松倉信裕氏に、今大会を振り返りつつお話をうかがった。
■アジア自転車競技連合としての関わり
–まず、松倉さんの務めておられるパラサイクリング関連のポジションについておきかせください。
「日本自転車競技連盟(JCF)の常務理事、国際自転車競技連合(UCI)の国際コミセール、アジア自転車競技連合理事/パラサイクリング委員長などを勤めています。
パラサイクリングのUCIコミセールは(健常者カテゴリの)ロード・トラックのUCIコミセールの中からパラサイクリングの人を選ぶ仕組みになっていて、パラサイクリングでは今アジアに私の他に4人、オーストラリアに2人、世界で25人ぐらいのUCIコミセールがいます。
アジア自転車競技連合(ACC)では、理事の中からパラサイクリング委員長が選ばれ、私が務めることになりました。主な仕事は、アジアのパラサイクリングのプロモーションです。ACCでは、パラサイクリングのアジア選手権を開催するなど、競技連盟としてやれることをやっていこうと考えています。
私が仁川のアジアパラ競技大会のTDに決まったのは、今年の春頃です。主催者が各競技団体にTDの指名を要請し、自転車ではUCIからACCに話が回って、私がTDになりました。競技の具体的な話は、組織委員会が主体となってすでにある程度進んでいましたので、私がコースを下見に来てOKを出した、それが6月でした」
■苦心してまとめた仁川アジアパラのレース
–今回、自転車種目の参加選手数は、手元のエントリーリストによれば、トラックが4カ国30名(うちパイロット7名)(※1)、ロードが10カ国52名(同7名)です。多くのレースでは参加者がひと桁で、アジアパラでのレース成立の規定「2カ国以上、選手4人以上」に満たず「アンオフィシャルなレース」となったレースもトラックで2つありました。どんな要因からそうなったのでしょうか。
「最初は自転車は男子60名+女子30名の合計90名で25のメダルイベント、という形を大会側は想定していました。それが、予想ほどは集まらなかった。大会側がエントリーを締め切った段階でこちらに連絡が来て、種目をどうアレンジするかに頭を悩ませながら、現地とやりとりを重ねました。
『大会の規模を維持したいのでメダル数はあまり減らしたくない』という主催者側の意向があったので、あまりたくさんの障害クラスを1レースにまとめすぎないようにしながら、最終的に、自転車のメダルイベントは19(※2)としました。
仁川のアジアパラ競技大会は、UCIカレンダーにC1(※3)格のイベントとして掲載されている、UCIポイント獲得対象の大会です。そのため、本来は規定参加人数を満たさなければ中止とするレースも、アンオフィシャルのレースという形で実施し、UCIポイントの獲得は認めることになりました。
ただ、そのためにはタイムをリザルトに残す必要が出てきて、ゲームレコードとなったタイムの扱いをどうするかなど、少々判断がグレーゾーンとなるところも出てきてしまいましたが」
※1:パイロット:2人乗り自転車(タンデム)の前席に乗る選手。パラサイクリングのBクラスでは視覚障害者の選手が後部席に乗り、パイロットは健常者が務める。
※2:ハンドサイクルリレーが中止となったため、実施されたメダルイベント数は18。
※3:UCIの競技カレンダーに掲載される国際大会のひとつで、各大陸の地域大会的な格付の大会。出場し上位成績をおさめることで、パラリンピック自転車競技出場枠獲得に必要なUCIポイントが与えられる。
■今大会のメダルの意味
–今回は、B(視覚障害)クラスの男子と女子のように、ほとんどの世界大会では別々でレースを行っているクラス同士がまとめられて、係数レース(※4)、あるいは係数なし着順通りのレースになるという場面もありました。ポイント獲得という目的だけでなくこの大会でのメダルを狙おうとしたら、少しいつもとは様子が違うかな?という印象も受けましたが。
「率直なところ、自分のクラスにはちょっと厳しいな、と選手が感じたレースはあるかもしれません。それでもそのクラスのレースを人数が少ないからと中止にするよりは、他と一緒にしてUCIポイントを持ち帰ったほうが参加する側にメリットがあるという判断です」
–今大会の自転車種目は、パラリンピックのように「メダル数を減らしてメダルの価値を高める」という方針とはやや違ったようですが、メダルを獲得すれば報道される機会が増えてよい、という考え方もあるかもしれません。
「選手自身が勘違いをしなければいいと思います。健常者のアジア大会でも、UCIポイントはつかないけれどアジアチャンピオンになれば、国際的にプロの自転車選手として活動する上で大きなメリットがある、という考えで、あえて積極的に大会に臨んだトップ選手もいます。意味については、それぞれの判断があっていいと思います」
※4:人数の関係で複数の障害クラスや男女をまとめて行うレースでは、クラス間の公平を保つ目的で、UCIルールで各クラスに定められた係数を実タイムにかけあわせた計算タイムによって順位を決定するレースとする場合がある。
■アジアのパラサイクリングの発展に必要なこと
–世界的にもトップレベルの中国、そして韓国やマレーシアなどのチームは徐々に選手を揃えてきていますが、アジアのパラサイクリングはまだまだ発展途上という印象です。将来を考えると、どんなことが必要でしょうか。
「学連(※5)の強化の考え方と同じで、参加人数を増やすためには選手を増やす、大会を増やす、審判を増やす、観客を増やす。そのためにはお金が要るのでパラサイクリングをさらに魅力あるものにすることも必要です。
アジア各国でC1大会を増やすことも大切です。日本でも来年11月に『ジャパン・パラサイクリングカップ2015』というC1大会を開催する予定があります。
▼参考リンク UCIカレンダー
http://www.uci.ch/para-cycling/calendar/detail#date=20151101&view=list&categ=11&country=0&classc=0
パラサイクリングのアジア選手権については、すでに1回目はマレーシア、2回目がインドで開催されました。3回目の今年はマレーシアの予定でしたが、これは残念ながら現地事情で中止になりました。4回目となる来年は、2月タイでの開催を計画中です。5回目の2016年は、日本での開催を予定しています。
▼参考リンク JCF「2016年アジア選手権大会が日本で開催!」
http://jcf.or.jp/?p=40527
次回のタイからは、参加者がまだ少なくても大会開催がしやすいように、パラサイクリングのアジア選手権は健常者の大会と同時開催とする予定です。
それから人材養成です。アジア選手権のときに、まず各国の国内レベルのパラサイクリングの審判とクラシファイヤ(障害クラス分け委員)を養成し、裾野を広げようとしています。マレーシアのときには、マレーシアの国内審判の養成講習を2日間のコースで実施しました。東京五輪・パラリンピックも迫っており、これは日本でもやる必要があります。
ほかに、アジアの連盟としては各国に、パラサイクリングのコンタクトパーソンのネットワークを作っています。UCIがパラサイクリングの各国の窓口とするのは、JCFのようなその国の自転車競技団体と決められていますが、直接実際に動ける人にもコンタクトができると、例えば『C1大会を計画しているけれど参加するか』といった打診などもしやすいですから」
※5:日本学生自転車競技連盟。大学自転車部を中心とした競技団体で、松倉氏が理事長を務める。学連の大会ではタンデム種目も実施されている。現在は、パラサイクリングナショナルチームのパイロットは健常者の五輪代表に準じるレベルが要求されるが、かつてはタンデムの経験を生かして障害者大会で視覚障害選手のパイロットを務める学連選手も多かった。
■今大会を振り返って
–今回の仁川アジアパラ大会をふりかえって、評価できる点、そして課題と思う点は。
「よかった点は、まず、韓国が大きな大会を誘致して実施できていること自体、評価できます。もしアジアパラ競技会を東京でと言われたら、いろいろ難しい面がありそうかなと思います。ただ2020年東京ではそれをやらないといけないわけですが。
仁川は立地としても、空港が近く、いい場所でした。
課題ですが。まず、自転車競技は観客がほとんどいなかった。観客やメディアに対する配慮が足りなかったので、例えば学校に声をかけて見に来てもらうなど、もっといろいろなアピールがあってもよかったと思います。
自転車は、出場人数が少なかったので、マスド(集団)スタートのレースについては、やや迫力が足りなかったかも知れません。また、スタート直後のスピードがゆっくりで、終盤にむけてだんだんスピードアップする、という傾向があって、レースを人が見て面白いというレベルまで今ひとつ達していないかもしれません。
日本チームの競技レベルについてですか? そうですね、まだ伸びしろがあるように感じています」
–パラサイクリングの魅力とはどんなところでしょうか。
「自転車の魅力の一環という考えです。エリートのカテゴリもあれば、歳をとったらマスターズもある。怪我をしたりした人はパラサイクリング、などと、いろいろな形で自転車を続けられる。そんな、自転車の魅力の中のひとつのカテゴリだと考えています」
–ありがとうございました。