試合終了間際。日本を強豪チームに押し上げたアメリカ人ヘッドコーチは、ベンチの選手たちと順番に手を合わせ、ハグを始めた。
そして、終了のホイッスルーーーこれまでの6年半を反芻するかのように、コートを見つめていた。
7月2日、車いすラグビーのアジア・オセアニアチャンピオンシップ(東京体育館)決勝戦。
日本は世界王者オーストラリアに55-44と11点差で圧勝し、パリの切符をつかんだ。
ケビン・オアー日本代表HCにとって、これがラストゲームとなった。
ケビンHCは2017年から日本の指揮を執り、2018年の世界選手権では日本勢初の金メダル、2021年東京パラリンピックでは2大会連続の銅メダル。一時は世界ランク1位にも躍り出るなど、日本を「海外から追われる存在」に成長させた立役者だ。
プライベートでは積極的に日本語を覚えたり、食や観光といった日本文化を楽しむなど、日本を愛していたケビン。
選手やスタッフだけでなく、ファンからも愛され、日本車いすラグビー界に欠かせない存在だった。
しかし今年4月、HC退任の意思を申し入れ、5月にはチームミーティングで伝達。選手やスタッフには、衝撃が走った。
アラバマと日本を頻繁に往復する生活。それにより、健康上に影響が出ていることが理由だ。
なんとか、ケビンHCが続行する方法はないものか。合宿はオンラインで指導してもらい、大会だけ日本に来てもらうことで、負担を軽減できないか……自問自答する選手たち。けれど、ケビンHCが大切にしているのは、リアルで指導することで伝わる熱量。
退任の事実を受け入れ始めた選手たちは、ラストゲームでケビンHCに最高の試合を見せようと、一つにまとまり始めたのだった。
メディアの取材で、キャプテンの池透暢が「ケビンHCから言われた言葉で一番印象に残っているのは?」と聞かれ、出てきた答えが「プレッシャー、ですね」と笑った。それくらい、ケビンHCは試合で相手にプレッシャーをかけることを徹底して教えていた。
その言葉どおり、今大会ではリードされている展開でも強いプレッシャーで相手チームにタイムアウトを使わせたり、ボールを奪われてもすぐさま奪い返すシーンが象徴的だった。「ケビンラグビー」が花開いた瞬間といってもいいだろう。
自ら発掘しずっと目にかけてきた21歳の橋本勝也は、攻守にわたって試合を引っ張り、ベストプレイヤー賞も授与された。
東京パラリンピックでも、昨年の世界選手権でも、ケビンHCは試合前に「自分たちは世界一のチームだと思うか?」と選手たちに問い続けてきた。今大会は、同じ問いかけに初めて全員がスッと手を挙げた。「パリの切符を取れたことはもちろんのこと、世界一のチームらしい試合ができたことが、僕は嬉しいんです」と、副キャプテンの羽賀理之は振り返った。
大人も子どもも詰めかけ満員となった、東京体育館。
閉会式後に行われたケビンHCのセレモニーでは、これまでの思い出を振り返るVTRが上映され、ファンも涙を流していた。
ケビン・オアーが残してくれたものーーー「車いすラグビーは、国籍も、性別も、年齢も関係なく、みんなが熱くなれるもの」そう教えられた気がした。
(写真取材・秋冨哲生、山下元気、そうとめよしえ 校正・佐々木延江)