5月13日、「ワールドトライアスロンパラシリーズ横浜大会」が開催された。気温は23.3度、水温19.6度。感染対策が解除され沿道にはこの数年少なかった観客が多く集まっていた。あいにくの雨の影響でレース全体が予定より10分遅れて7時にスタートした。
障害のある選手がスイム・バイク・ランを猛スピードで展開する圧巻のレース。オーストラリア、アジア、ヨーロッパ、アメリカと大陸を転戦し、年間のチャンピオンを決めるシリーズ戦の中継地として、横浜山下公園とみなとみらい21地区を結ぶ横浜の美しい景観を背景に、2012年から毎年開催されている。
王者アレクシ・アンカンコン、宇田秀生との戦い
注目は男子PTS4。来年のパリパラリンピック開催国フランスのアレクシ・アンカンコン(下腿義足)は、東京パラリンピック金メダル、横浜大会は2018年から出場し、今大会含め出場5大会全てで優勝した。
57分59でフィニッシュしたアンカンカンはレースの感想を次のように話していた。
「2023シーズンの初レースとして、勝てたのは良かった。とても幸せだ。新しいシーズンを迎えて興奮している。私のより大きな目標であるパリ2024に向けて準備はできている。横浜(大会)はいつも雨だけど、それは重要なことじゃない。トライアスロンに適した土地だ。とてもよかった」
アンカンカンは子どもの頃からスポーツが好きで、フルコンタクト系の格闘技でフランス大会のタイトルをもっていたが、事故で義足になってから目標をトライアスロンに変えて挑んだ。東京パラリンピックで勝利し、あらたな目標を自国開催のパリに置いている。「とても楽しみだ。ここからパリへ。とてもワクワクしている」と語った。
そのアンカンカンの背中を追う東京パラリンピック銀メダリスト、日本の宇田秀生(PTS4/NTT東日本・NTT西日本/滋賀)。
レース前の記者会見で、宇田はスイムをポイントに挙げていた。「スイム・バイク・ランとどれをとってもアンカンカンが速いが、スイムアップ時に彼の背中を捉える位置にいれば、勝負できる!」と、考えていた。結果は4位だった。「力をいれたスイムでは合宿での成果が出せるよい泳ぎができたが、バイク、ランではあげきれず悔しかった。まだまだ彼の背中はみえない。今年は、パリでのテストイベントとスペインのグランドファイナルで表彰台をねらいたい」とレース後に宇田は話していた。
総合優勝はPTS5、マルティン・シュルツ
バイクで圧倒的な速さを見せてくれ、56分52秒でフィニッシュし全てのクラスのトップに立ったのは、左腕欠損のマルティン・シュルツ(ドイツ)だった。リオ、東京と2度のパラリンピック金メダルのほか多くの大会で優勝している。今シーズン初レースに挑んだ。
「良いレースをして勝利することは、モチベーションにつながる。いい気持ちでいることは大切なことだ。誰もが私を打ち倒したがっていることは、私にとって大きなモチベーションだ。これで毎年向上しようと思える。3度目のパリパラリンピックでチャンピオンになって引退したい」
3連覇を狙うシュルツと同じクラスの日本人は、7位の梶鉄輝(JPF/兵庫)と9位の佐藤圭一(セールスフォース・ジャパン/愛知)。佐藤はクロスカントリースキーとトライアスロンの二刀流。「雨は予想はしていたので、横浜、雨多いのでそれは慣れているからいつも通りやりました。パラリンピックに行くにはランキング18位だと低すぎるため、ポイントをとる位置付けてのぞみました。(ライバルの)梶くんには40代のおっさんはさっさと引退してよっていうくらい強くなってほしい」と語っていた。
全盲の女王スザナ・ロドリゲス が5連覇
東京パラリンピック金メダリストで横浜大会は2017年から出場し、2018年以降4大会連覇のスザナ・ロドリゲス(全盲・スペイン)は、1時間3分59秒で横浜大会5連覇を果たした。
「とても幸せな気持ちです。私は何か特別なものを日本に感じます。なぜなら、ここでパラリンピック王者になったからです。私はいつもこの(横浜の)レースに戻ってきます。確かに日本はとても遠いです、でもシーズンの中で一番、上手に運営されている大会で敬意を感じます。私たちはこの23シーズンをとても良い気分で始めることができた」とスザナ。
同じ視覚障害クラスの若手、アメリカのマクレイン・ヘルミーズ(全盲)は2位。水泳でも400m自由形で東京パラリンピック決勝に出場し、トライアスロンと両方でパリパラリンピックを目指している。レース後のミックスゾーンで、「私にとって最初の国際試合で、ここにこれて、バイクとランも一緒にやってよかった。ともかくタフなレースだった」とレースを終えほっとしたのか、興奮のある笑顔で呼びかけに応じてくれた。
男子車いすは木村潤平が横浜で初優勝
男子車いすでは、2013年から10回目の出場となる日本の木村潤平(Challenge Active Foundation)がホームの地で初めて優勝した。
「地元開催で優勝できて嬉しい。やっと(横浜で)勝つことができて安心した気持ちになった。自分の名前をよんでもらい、応援に力をもらった。自分のペースで、集中してレースを終えることができ結果につながった。トランジションがうまく行き理想の展開ができた。
バイクで一瞬(サンボーン選手に)抜かれたが慌てず対処した。自分はいまスポーツの普及の活動を仕事としていて、仕事もレースも妥協なくしっかりやりたい。最終的にパリが目標になりますが、一つ一つ、つぎは世界選手権のスペインがありやる以上はしっかりやっていきたい。」と語った。
女子車いすケンダル・グレッチは、夏・冬二刀流の金メダリスト
女子の注目はPTWC(車いす)。東京パラリンピック金メダルのケンダル・グレッチ(アメリカ・二分脊椎症)はクロスカントリースキーの選手でもあり、まさに「二刀流アスリート」だ。
大学2年でトライアスロンを始めたが、2016年リオパラリンピックで自分の障害のクラスが実施されないことがわかり、パラリンピック出場の夢を求めて冬の競技もスタートさせた。
平昌(2018)・北京(2022)の冬季パラでクロスカントリースキーで連覇を達成、2020年東京ではトライアスロンで金メダルを獲得した。夏・冬ともに世界のトップを走り続けている。
今日のレースではライバルのローレン・パーカー(AUS)と約1分差で2位。スイムは同タイム、ランでのタイムはパーカーを上回ったもののバイクで約1分弱の遅れをとっていた。
「雨だったけど、温かだった。よかった。海の流れはちょっと強かったけど、とても楽しかった。トライアスロンはいつも、何かを学び改善し、加える。とても楽しい」と話し、来年のパリに向けては「とてもタフなレースになるでしょう、勝てることを願っている」と話していた。
女子PTS2はアメリカ勢がひしめく
大体切断など立位最重度障害のPTS2。女子のクラスには、東京パラリンピックの表彰台を飾ったアリッサ・シーリーほかアメリカの選手が表彰台を独占した。今回はヘイリー・ダンズとメリッサ・ストックウエルがシーリーを制した。
レースを終えたヘイリー・ダンズは、記者から得意なパートについての質問に答える中で、「多分ここ4ヶ月くらいスイムがだめでした。何をやってもうまくいかず。ただ、ここ2〜3週間全てが噛み合った。今はスイムも好きです。本当に毎日のように変わるんです」と答えていた。アメリカの選手たちは、フィニッシュする仲間、ライバルへの声援を送り合ってお互いを称え、日頃から切磋琢磨している様子が伺えた。
そんなアメリカ勢の強さが示される女子PTS2で、昨年11月に手術し1年間競技を休んでいた秦由加子が横浜のレースに復帰した。手術は、足の大腿骨を3センチ短くし、筋肉で全体を覆うもので「ランの時に痛みが出るため痛みがでない形にした。義足も全て作り直した」という。今後の競技人生にむけて秦は大きな決断をして挑んでいた。
「レース感が蘇ってきた。楽しかった!」と、長いリハビリを経てレースに復帰できたことへの喜びを噛みしめていた。
パラトライアスロンは7月1日よりパリパラリンピックの選手選考レースが始まる。その前哨戦となる横浜での一幕に、多くの選手が高い意識で参加し競技を楽しんだ。
<参考>
・横浜トライアスロン情報サイト
・ワールドトライアスロンパラトライアスロン
(取材編集協力:久下真以子、地主光太郎、高橋昌希 写真取材:秋冨哲生、山下元気、そうとめよしえ)