10月19日(水)、東京都世田谷区立京西小学校で『パラ馬術 講演プログラムPara Dre Plus-(パラドレプラス)』(主催:一般社団法人日本障がい者乗馬協会、以下JRAD)の講演会が行われた。
パラ馬術とパラ射撃の選手が登壇
『パラ馬術 講演プログラムPara Dre Plus-』は、パラスポーツや共生社会の実現を継続的に訴求するためにJRADが新たに始めた講演事業で、東京2020パラリンピックでパラ馬術競技の会場となった馬事公苑がある世田谷区や、区立公園で乗馬体験ができる目黒区など馬と関連がある自治体・学校(主に小・中学校)で開催していく予定。
初回のこの日は、パラ馬術の稲葉 将(グレードⅢ、所属:シンプレクス株式会社・静岡乗馬クラブ)とパラ射撃の佐々木大輔(SHIクラス、所属:モルガン・スタンレー・グループ株式会社)、パラ馬術応援者で自らも乗馬をたしなむ女優の佐藤藍子が登壇し、小学4年生約110名に向けて、それぞれの競技の概要や魅力などを語った。
パラ射撃はピストル4種目、ライフル9種目の合計13種目あり、佐々木はライフルの種目の選手。10m先の的に向けて60発撃ち、中心に打つほど点数が高くなる。その合計点を競う競技だ。一方、パラ馬術は、グレードごとに決められたコースを馬と一緒に回り、どれだけ正確にきれいに回れるかを競う競技。
パラ射撃はピストルやライフルという道具を扱うため、佐々木は週に一度、必ず手入れをしているという。
それに対して、パラ馬術は生き物を扱う。稲葉は馬とコミュニケーションをとるため、ブラッシングをするなど馬が快適に過ごせるよう世話をする時間をなるべく多くとっているそうだ。「馬が今日試合をしたくない、というような時は?」と佐々木が問うと、「普段練習している場所と試合会場は違うので、馬もとまどいます。試合前に馬が落ち着くようになだめています」と答えた。
両方とも東京パラで実施された競技で、テレビで見たという児童も何人かいた。東京パラに出場した感想について、「初めてパラリンピックに出場して、コロナ禍で直接みんなに見に来てもらえなかったのは少し残念でしたが、いろいろな人に応援してもらったり、小学校時代の友だちなどから連絡が来たり、ということが他の大会より多かった」と稲葉。
佐々木は、「ボランティアの方にすごく支えられました。最初は何万人ものボランティアの方を募集しましたがコロナで人数が減り、3千人ぐらいの方が全国から来てくださってすごく助かりました。また、選手村は全部スロープで段差がないなどユニバーサルデザイン(障害のある人にもない人にも、すべての人に使いやすいようなデザイン)が多く使われ、快適に過ごせました。そういう環境がもっと増えればいいな、と思います」と語った。
東京パラが一年延びたことは、スキルやモチベーションを保つ上で選手にとって大変だったはずだが、「コロナで練習もできないし、気持ちを保たせるのが大変でした。でも鬱々していてもしょうがないので、強い心を持てるようにメンタルを鍛えました」と佐々木。
稲葉は「一年違うと馬の状態がまったく変わってしまうので、その怖さはありましたが、僕自身のことだけを言えば、競技を始めてからそんなに長くないので、比較的早い段階で練習できる時間が増えた、と切り替えられました」と、ポジティブに受け止めたという。
先天性の障害で両下肢に麻痺がある稲葉と、事故で後天的な障害を負い、車椅子を使用している佐々木。司会者に「日常生活で何か困ることや、手伝ってもらえるとうれしいと思うことがありますか?」と問われ、「両手がふさがっているとなかなか歩けないので、重い物などを持ってもらえると歩きやすいです」と稲葉。「高い所にある物を取ってもらえるとありがたい」と佐々木。
佐藤藍子は、「私は自分から声をかけるのが割と得意な方なので、障害のあるなしや年齢などに関わらず、もしかしたら困っているのかな、と自分が感じたら、声をかけたり、手伝ったりするようにしています。皆さん、自分の長所短所にあったお手伝いをすればいいと思うし、お手伝いをしてもらって申し訳ないと思う人もいるだろうから、それぞれの個性に合ったお手伝いをしてあげるのが互いにうれしいのかな、と思います」と自然体で寄り添うことを勧めた。
最後の質問タイムでは、「競技をしている人は、どのぐらいいるんですか?」「射撃の大会の前はどんな気持ちですか?」など子どもたちから次々と質問が出て、盛会のうちに終了した。
講演を聞いた児童たちは、
「パラ馬術やパラ射撃を知らなかったけどおもしろそうなので、今度やってみたいなと思いました」(1組女子)
「たまに電車とかに乗ると障害者の方がいるけれど、まだまだ私の知らない障害者の方がいることを今日は知ることができてよかったです。これから、周りに障害のある友だちとかいたら、一緒に遊びに誘いたいな、と思いました」(2組女子)
「馬に乗る楽しさや、馬独特の性格などいろいろ教えてもらって、すごく学んだ気がします。乗馬を8回ぐらいやったことがあるんですけど、コミュニケーションを取ることが大事なんだな、と改めて思いました」(3組女子)
と、登壇者たちの話が心に残ったようだ。
障害があってもなくても、好きなこと、自分らしく輝けることを見つけて欲しい
この日の講演について、佐々木は「パラ馬術の人と関わりが持て、子どもたちもなかなか話を聞く機会がないと思うので、すごくよかったです」と感想を述べた。
稲葉も「パラサポ(公益財団法人 日本財団パラスポーツサポートセンター)の『あすチャレ!メッセンジャー』や『あすチャレジュニアアカデミー』で、最近オンラインでは講演をやらせていただいていますが、こういった対面での講演は久しぶりで、改めて対面の良さを感じることができました。また、ほかの競技の選手と交流するというのは普段なかなかないですし、子どもたちにメッセージを伝えられて、僕自身にもいい機会となった一日でした」と語った。
講演で子どもたちに伝えたかったことは、「相手の立場に立って考えること。また障害を持っても、自分の特技を生かして自分らしく生きていって欲しい、ということ」と佐々木。「僕も自分の好きなこと、競技中心にやらせていただいているので、何か自分が輝けること、自分の力で勝負できる場所を、スポーツに限らず成長する中で見つけていってもらえるといいかな、と思います」と稲葉。
講演を聞く子どもたちの年齢が上がるにつれ、質問しても手が挙がらないことが多くなってくるが、この日、京西小学校では予想以上の反応があった。
「馬に乗ったことがある人、という質問に7、8割の子が手を挙げたのに驚きましたが、そういうことをきっかけに講演に呼んでいただいて、あとから振り返った時にこんな人がいたよね、と思ってもらえるだけでも今日やった意味があると思います」と稲葉。
Para Dre Plus-(パラドレプラス)は、今後もほかのパラ競技団体とコラボレーションしながら小・中学校向けに講演を行っていく予定。稲葉もお声がけがあれば、あすチャレジュニアアカデミーなどと並行して続けていきたいという。
「小学校高学年や中学生は、一番いろいろ感じ、記憶にもうっすらと残る年頃じゃないかと思います。その中で何か一つでも印象に残ることを作れたらいいな、と感じています」
事故にあう前は小学校の教師だった佐々木も、「私はそれが使命だと思っているので。小学校の教員をやっていたので、その時の同僚が声をかけてくれて隣の区ですが講演に行ってきましたし、今後も続けていきたいと思っています」と意欲的だ。
稲葉と佐々木が講演で伝えたいことは、障害のあるなしに関係なく、すべての子どもに向けてのものだが、あえて障害のある子どもたちへのメッセージをお願いした。
「障害があるからといってその時点で諦めずに、なんでもチャレンジして欲しい」(稲葉)
「障害のあるなしに関わらず、自分の好きなこと、得意なことを、自分のペースであせらなくていいのでゆっくりと、他人と比べずに見つけていってほしい」(佐々木)
決して諦めず、自分の道を見つけた二人。その言葉が心に響く。
パラ馬術 稲葉 将
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パラ射撃 佐々木大輔
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(取材協力:JRAD、世田谷区立京西小学校、写真提供:JRAD、校正:佐々木延江)