パラリンピックから1年で開催、準備期間の短かった世界選手権
2022年8月10日(現地時間)、デンマークのHerning(へルニング)にあるSutteri Ask Stadiumで、2022年馬術世界選手権のパラ馬術競技が開幕した。
通常、馬術の世界選手権は4年毎、パラリンピックの2年後に開催される。しかし、今回は2020東京パラリンピックが新型コロナウイルスの影響で1年延期の2021年に開催されたため、わずか1年で再び大きな国際大会の出場の準備をしなければならない状況だった。馬術は馬の調整も大きく関係するため、この1年の差は大きい。
競技初日と2日目は個人メダルを争う個人演技(経路はチームテストと名の付く経路を演技)。10日はライダーの障害の度合いによる5つの種目分類(グレード)のうち3種目、グレードI、II、IVが実施された。この個人演技と後日行われる団体競技(経路はインディビジュアルテストと名のつく経路を使用)の個人スコアの合計で各グレードトップ8人馬がフリースタイル(自由演技)に進出する。
競技の順番は馬場の大きさが違うため最初に20mx60mを使用するグレードIV、その後20mx40mの馬場を使用するグレードIIとグレードIが行われる。
グレードIVは、オランダのSanne Voets&Demantur RS2 N.O.Pが連覇
最初に実施されたのはグレードIVで、19人馬が参加。
日本からは高嶋 活士&Huzette BH(10歳/牝/KWPN )が参戦。このコンビは2021年東京パラリンピックで個人競技14位。今回はチームテストの経路が個人メダル争いに使用され、東京パラリンピックで収めた62.775%以上を目指して演技する。9番目に登場した高嶋&Huzette BH。途中移行やピルエットなどの運動で減点された場面もあったが全般的に6.5から7点台のスコア。総合観察の「騎手の馬術的理解力と技術力、正確さ」はすべての審判が7点をつける高評価。最終スコアは67.075%と東京パラリンピックを上回る今後につながる成績を収め、12位に終わった。
高嶋活士
「練習の段階から馬が落ち着いており、その良い感じのまま演技ができました。経路中にミスをしそうなシーンでも冷静に対応できたところは良かったですが、もう少しシートで馬を推進できコンタクトをとれるように、そして細かなところをもっと考えて対応できれば70%はいけるという感触も得ましたので次回頑張ります。
前回の2018年のWEG(馬術世界選手権)は初めての大舞台でまともな演技ができませんでしたが、それから東京2020等を経験し、今日のような演技ができ、自分自身の成長を感じました。
また、今日の競技にJRA(日本中央競馬会)の方々や林伸伍選手が応援に来てくださり大変嬉しかったです、ありがとうございました」
このグレードの注目は、世界選手権連覇を目指すオランダのSanne Voetsと世界選手権銀メダリストでその座を狙うブラジルのRodolpho Riskalla の対決。双方とも、前回大会そして東京パラリンピックでコンビを組んだ馬と競技に挑む。
優勝したのはSanne Voets&Demantur RS2 N.O.P.(14歳/セン/KWPN)。4番手で登場し、途中常歩の演技でやや乱れを見せたものの、全般的にはまとまった王者らしい演技で76.750%の総合成績を収めた。
Sanne Voets
「すごく緊張しました、これだけの優勝経験を持つ人馬だとプレッシャーがどんどん強くなっていきます。でも、私の馬は私をしっかり受け止めてくれます。まるで『前にもやったことがあるから大丈夫だよ、今日もできるよ』と声をかけてくれているようです。本当によく頑張ってくれて、素晴らしいパートナーなので彼のためにもベストのコンディションで挑んで、健康でハッピーでいてもらえればと思っています。演技馬場を出た時には結果は知りませんでしたが、聞いた時には今日は喜びもひとしおでした」
一方、ブラジルのRodolpho Riskalla&Don Henrico(16歳/牡/HANN)は10番手で登場。本大会で引退を迎えるDon Henricoのためにも良い演技をという思いを持ちながら入場。最初の停止は評価がばらついたものの、すぐに持ち直し全般的には7点台から8点台の評価が多くつく。総合観察の「騎手の馬術的理解力と技術力、正確さ」はさすがの熟練コンビ、すべての審判が8点以上の評価をつけ、最終成績は74.925%。今回も惜しくもSanneの成績には及ばず、残りのライダーの結果を待つ形となった。
Rodolpho Riskalla
「Donは絶好調でした。またしても僕をより高いレベルに連れて行ってくれた気がします。本当に彼には感謝しています。素晴らしい馬で、これが選手権出場最後になると思うと感慨深いです。駈歩が一番の得意ですがまあ、ほとんど弱点はないですね。時々興奮しすぎることもありますが、それくらいです。一生涯の戦友です」
12番手には東京パラリンピック銅メダリスト、アメリカのKate Shoemakerが若いQuiana (牝/8歳/RHEIN)に馬を乗り換えて登場。73.900%と高スコアを収めながらもわずかにRodolpho&Don Henricoの成績に及ばず、現時点で3位。
Kate Shoemaker
「私とこの馬はまだコンビを組んであまり時間が経っていません。ヨーロッパ中で長い月日をかけてようやく見つけた馬です。演技の最初はここに来られたことが嬉しくて、それだけで満足感でいっぱいでした。今後が期待できる馬です。今週はじめ寒い日が続いたので調子を少し崩していましたが、今日はとてもよかったです」
Riskallaコンビの銀メダルが確定するだろうという期待の中、続いて13番手に世界選手権初出場、オランダのDemi Haerkens&EHL Daula(牝/14歳/KWPN)が5審判中3審判が8点を最初の停止につける好発進。その後も順調に経路を踏み、堅実に7点、7.5点、8点のつく演技を続けた。そして最後の総合観察も8.5、8、8.5、7.5、8.5と5審判すべてから高評価。総合成績は76.000%とわずかにSanneには及ばなかったが、Riskallaコンビを抜いて2位の座についた。
この後、残りの6人馬が演技をしたがこの順位に変更はなく、金:Sanne Voets&Demantur RS2 N.O.P.、銀:Demi Haerkens&EHL Daula、銅:Rodolpho Riskalla&Don Henricoとメダルが確定した。
Demi Haerkens
「この馬とは4月からコンビを組んでいます。なるべく高い順位を狙って演技をしましたが、今日の演技には本当に満足しています。トレーニングと理学療法でだいぶ体の調整ができてきました。バランスがよくなってきたのでそうなるとすべてがよくなるのですが、やっぱり何よりも馬に感謝しています」
なお、今大会直前に馬術連盟が突然馬術競技の中でパラ馬術のみ、メダルの可能性が低いことを理由に選手を派遣しないという発表をして騒ぎになったオーストラリア。選手やサポーターが発表当日からChange.orgで14850名の署名を集めて交渉した結果、この判断は覆され、無事出場資格を獲得した3人馬が参加できることになった。そのオーストラリアからグレードIVにはDianne Barnes & Cil Dara Cosmic (牝/18歳/ハノーバー)が出場し、67.375%の成績を収め、11位に終わっている。
Dianne Barnes
「馬はとってもいい馬なのですが、今日は私が緊張してしまいました。明日の演技で緊張しなければ良い演技ができると思います。今回の主催者はとてもよく、パラ馬術の仲間たちは本当にいい人たちばかりです。また競技に参加できるのを楽しみにしています」
次にグレードIVの人馬が演技するのは12日の団体戦。今日の個人戦との合計得点上位8人馬が最終日のフリースタイルに進出する。個人金銀を抑えたオランダ、このまま団体金に進むのか? それともイギリスやアメリカなどが得点を重ねるのか? 熱戦を繰り広げる好演技に期待したい。
グレードIV経路図
https://jrad.jp/wp/wp-content/uploads/2022/04/Ind_5.pdf
グレードIIはデンマークの新星、Katrine Kristensenが優勝
第2競技はグレードIIで14人馬が参加。
日本からは、2018年世界選手権に続いて2度目の世界選手権出場となる吉越奏詞&Dueto(セン/14歳/LUS)と宮路満英&Flylight(セン/18歳/KWPN)が参戦。両選手とも東京パラリンピック後から組む新たなパートナーと出場する。
はじめに登場したのは、6番手の吉越選手。鮮やかな芦毛で力強い馬をしっかりとコントロールし、停止がややぶれたところはあったものの、ほぼすべての項目で6点以上を記録し、64.849%を記録。11位入賞を果たした。
吉越奏詞
「今日はデュエットが良い動きをしてくれ、速歩区間が特に良かったです。常歩区間が少し遅くなってしまいましたので、次回はそこを改善したいと思います。世界選手権は2回目ですが、初回とは違った大きな緊張がありますが、他の競技とかも見ることができ、良い刺激になっています」
宮路&Flylightは、14人馬中12番手と終盤に登場。経路を読み上げる妻の裕美子さんの指揮のもと、片手で手綱しながら順当に演技。最終成績は64.848%、吉越選手に続く12位に終わった。
宮路満英
「もう少し上の点数は欲しかったものの、まずまずの出来で終えられました。トップバッターの高嶋選手の演技を見て、自信をもって演技をしようと思いました。その結果、堂々と演技ができ、チームメンバーのお陰と感じております。
次回は隅角でのペースと活気を維持し、良い動きをキープしたいと思います。
多くの方の前で演技をしたいという想いがあり、本日、JRAの皆様や馬場馬術の佐渡一毅選手や林伸伍選手が応援に来てくださり、とても嬉しかったです。応援、心から感謝しております」
このクラスは前回優勝したデンマークのStinna Tange Kaastrupが競技生活から引退し、本大会では報道にまわったため、新王者が誕生した。
金メダルを獲得したのはStinnaと同じデンマークのコンビ、Katrine Kristensen&Goerklintgaards Quater(セン/14歳/DWB)。5位の成績を収めた東京パラリンピック後に新たに乗り始めた馬と、わずか5か月のパートナーシップで世界の舞台に登場。途中停止などで一部減点は見られたものの安定した演技を見せ、75,778%の好成績を収めた。
Katrine Kristensen
「私の馬は本当に素晴らしかったです。すべて順調にいきました。そして(コロナの影響で無観客が続いていたので)、久しぶりに観客の前で演技することができて嬉しかったです。パラリンピックは大変静かだったのでとてもいい感じでした」
銀メダルを獲得したのは前回世界選手権と東京パラリンピック銀メダリスト、オーストリアのPepo Puch&Sailor’s Blue (セン/14歳/ハノーバー)。さすがのベテランコンビ、最後の総合評価で9点をつける審判がいるほど技術の高い、正確な演技をみせ、75.333%の成績を収めた。
Pepo Puch
「今日はとてもうまくいきました。とても満足しています。このグレードは争いがはげしく、レベルが高いです。これはいいことだと思います。2年間無観客で演技をしてきたので、馬にとって今日は違った環境でした。次回はメイン会場の馬場で演技がしたいですね」(注記:今回メイン会場では同じ日に馬場馬術のフリースタイルが実施されていた)
銅メダルに輝いたのは、王者Lee Pearson&Breezer(セン/11歳/BWS)。昨年東京パラリンピックで3冠を成し遂げたこのコンビ。さらに成長を見せ、無観客試合だった東京とは違い、観客のいるスタジアムにも大きく反応することなく順当な演技を披露し、わずかにPepo&Sailor’s Blueを下回る75.091%の成績で競技を終えた。
Lee Pearson
「よい演技でした。途中ちょっと斜め横歩でつまづきましたがそれくらいです。この馬はとても敏感で、観客はあまり見たことがなかったというのがよく伝わってきました。今回この世界選手権の場に来られて、とても嬉しく思っています」
グレードII経路図
https://jrad.jp/wp/wp-content/uploads/2022/04/Team_2.pdf
グレードI、混戦を制したのはラトビアのRihards Snikus
この日最後の競技は最重度の障がいをもつ選手たちが所属するグレードI。前回王者のSara Morgantiの連覇なるか、それとも新王者が誕生するか。16人馬が熱戦を繰り広げた。
優勝したのは東京パラリンピック銀メダルコンビ、ラトビアのRihards Snikus&King Of The Dance(セン/14歳/LWB)。東京パラリンピック金メダリストのRoxanne Trunnelを含む3人馬を残す後半に演技。この時点のトップスコアは前回世界選手権金メダル、東京パラリンピック銅メダルコンビ、Sara Morganti&Royal Delight(牝/17歳/RHEIN)の78.393%。これを達成するためには8点以上のスコアが多くつかなければならない。最終的には途中の停止でB審(ドイツ・Marco Orsini)が10点をつけるなどの高評価をした影響もあり、総合得点は78.535%。わずかな差でMorgantiコンビを抜き、優勝した。
なお銅メダルは、ベテランLaurentia Tan&Hickstead(セン/10歳/KWPN)を1%近く上回り74,143%を収め、東京パラリンピック個人競技最下位から見事に成長を見せたアイルランドのMichael Murphy &Cleverboy(セン/15歳/KWPN)だった。
Rihards Snikus
「感無量です。言葉はありません。ラトビアにとって歴史的な優勝です。待機馬場がとてもいい感じだったのでどうかなと思って入場しました。今の気持ちを歌で表現します。Black-Eyed Peasの曲です……。 “I’ve got a feeling, today is going to be a good good day” 今言えるのはこれくらいです」
Sara Morganti
「今日の結果にはとても満足しています。馬が環境に圧倒されず良い演技ができました。今年は手術をしたり、コロナウイルスに観戦したりと健康面でいろいろあったので、これだけ良い結果で今日この場に来られたことに感謝しています。もう少し力を出せた場面もあったかもしれませんが、それでもとても良かったと思います」
Michael Murphy
「この場に立てたことに感激しています。馬があまり(観客のいる会場の)経験がないのでよく耐えてくれたと思います。演技がとてもうまくいったので嬉しいです。この馬はとても敏感なので、途中で崩れることなく演技しきれたことだけで達成感を感じます」
Roxanne Trunnell
「この会場で馬にとって最初の演技でした。まだ6歳の若い馬です。勇敢だったと思いませんか? コンビを組んで2か月で、この馬は牡馬です。私は馬を信頼していたのであまり緊張していませんでした。(同じアメリカの選手の)Katie Shoemaker が、この馬は私に合うと思って勧めてくれました。まだまだ子どもで遊びたがる馬です。素晴らしい馬です」
グレードI経路図
https://jrad.jp/wp/wp-content/uploads/2022/04/Team_1.pdf
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結果速報はこちらのサイトの各競技右、リボンのマーク をクリック。採点の詳細はDETAILSをクリック。
パラ・ドレッサージュ グレードIV (個人演技)
https://www.longinestiming.com/equestrian/2022/ecco-fei-world-championships-herning/resultlist_P1-IV.html
パラ・ドレッサージュ グレードII (個人演技)
https://www.longinestiming.com/equestrian/2022/ecco-fei-world-championships-herning/resultlist_P1-II.html
パラ・ドレッサージュ グレードI (個人演技)
https://www.longinestiming.com/equestrian/2022/ecco-fei-world-championships-herning/resultlist_P1-I.html
取材協力:
ECCO Herning 2022 World Equestrian Games Media Center Team
大会公式サイト https://herning2022.com/
参考
パラ馬術 東京パラリンピックルールブックhttps://inside.fei.org/system/files/Paralympic%20Regulations%20Tokyo2020_final_clean.pdf
東京パラリンピックパラ馬術結果
https://www.fei.org/events/tokyo-2020-paralympic-games/discipline/para-equestrian-dressage:
Equestrian Australia
https://www.equestrian.org.au/news/ea-high-performance-para-dressage-announcement
https://www.equestrian.org.au/news/ea-board-directive-para-dressage-selection-committee
https://www.equestrian.org.au/news/australian-para-equestrian-team-formally-announced-fei-world-championships
(取材協力 一般社団法人 日本障がい者乗馬協会、JEF、Britt V Golstein Brouwers、画像提供 FEI、編集・校正 望月芳子、佐々木延江)