年齢、性別、障がいに関わらず公平に競える「ユニバーサルかけっこチャレンジ(=以下UKC)」が、義足エンジニアの遠藤謙と陸上クラブチーム・アクセルトラッククラブ(=以下アクセル)の呼びかけで、7月3日、新豊洲 Brillia ランニングスタジアムで開催された。
世界トップを目指すアスリートから未就学児まで「走ること」に魅せられた88人がエントリー、会場には100人以上が集まりトラックでの50m走への挑戦を楽しんだ。
トライアルは予選・決勝方式で行われ、老若男女、年齢、競技力、障害の有無によらず全員で予選レースを競い、タイムに年齢、性別、障害のポイントをかけて計算し、さまざまな背景の参加者を同じ一つの土俵で競い合えるようにした。計算したタイムによる順位で勝ち残った3組(18人)による決勝レースが行われた。
遠藤は「いずれ義足アスリートが(障害のない)健足アスリートより速くなる」と考えている。「Xiborg」というプロジェクトを立ち上げて、エンジニアとして義足陸上の最先端を切り拓く研究に取り組んでいる。
進む義足の研究成果
昨夏の東京パラリンピックではアメリカ代表ジャリッド・ウォレスと、オランダ代表キンバリー・アルケマデがそれぞれ遠藤のXiborgの義足でメダルを獲得した。
さらにこの6月、遠藤がサポートするリチャード・ブラウンが、アメリカのパラ陸上選手権100mT64で、2015年以来の自身の記録を更新し世界記録を樹立した。
義足のスプリンターとしては両足切断のヨハネス・フロア(ドイツ)が有名で100mT62で10秒54の世界記録を持っているが、今回、片足のリチャードが10秒53をマークし最速の座についた。
T64(片足切断)とT62(両足切断)は、障害の重さでいうと両足切断のヨハネス(T62)が重いが、義足の陸上では、両義足のほうが片義足よりも速くなるといわれ、距離によっても異なる。必ずしも障害の重さと速さが比例しないのが義足陸上なのである。
そんな義足陸上の最先端を研究しながら、「今回、大事にしたのは、パラリンピアン・佐藤圭太のコーチでもある大西正裕が代表を務めるアクセルの練習環境で生まれたフラットな雰囲気。それを広げたいと思った」と、遠藤はUKCを開催した想いについて語った。
走ることを分けない空気感
ロンドンパラリンピック(2012年)、リオパラリンピックと2大会に出場した銅メダリストの佐藤圭太(下肢義足)は、Xiborgの義足プロジェクトに協力した最初のアスリートで、東京パラへの出場は逃してしまったが、東京での成果につながるイノベーションを共にしてくれた遠藤にとって大切なアスリートだ。
佐藤はアクセルの活動について「障害があってもなくても、義足であっても、練習でやることは何も変わらないです。陸上をやるということは同じです。アクセルでの練習は誰がきても、車いすでも、ただ普通に陸上をやると思います」と、コミュニティへの信頼を語ってくれた。
今後への課題
「今回UKCではポイント制を導入しましたが、まだまだ作り込みが甘い状態で、今後も継続して大会を開催してデータを集めながら、何が公平かを考えていく場になればと思っています」と遠藤。
遠藤は著書「誰よりも速く走る義足の研究」の中で「Blade for all=ブレードの民主化」と呼びかけている。
東京パラリンピックが終わり、競技を見た義足ユーザーが「自分も走ってみたい」というとき、手軽に使えるほどまだブレード(=競技用義足)が十分に行き渡っていない。そのハードルは義足の技術や資金面だけではない。障害のあるアスリートとは別に競技や練習をしなければならないという偏見、人間の奥のほうにある心の側からも壁を取り除く必要があるのだろう。
遠藤の予想通り「いずれ義足が健足よりも速くなる」としたら、いずれのランナーも競争に慣れていたほうが有利である。UKCでの「走ること」は、義足であるかどうか、障害があるかどうか、その問いは意味のない問いであることを共に走ることで参加者に気づかせてくれる。
<参考>
Xiborg
https://xiborg.jp/
アクセルトラッククラブ
http://accel-tc.com/
遠藤謙著「誰よりも速く走る義足の研究」(2022年7月発売)
https://www.kaiseisha.co.jp/books/9784036363308
リオパラリンピック400mリレーで銅メダル(佐藤圭太出場レース)
https://www.paraphoto.org/?p=10826
義足エンジニア・遠藤謙による「東京パラ注目の義足アスリートの見どころ!」
https://www.paraphoto.org/?p=29084
新豊洲 Brillia ランニングスタジアム
https://running-stadium.tokyo
(写真協力・遠藤謙、秋冨哲生)