関連カテゴリ: COVID‑19感染対策, IPC, Tokyo 2020, インタビュー, コラム, 夏季競技, 女子, 東京パラムーブメント, 雑感 — 公開: 2021年9月29日 at 2:53 PM — 更新: 2022年3月10日 at 9:57 AM

コロナ禍でIPCから国内へ転職した28歳。篠原果歩、東京パラ後の未来へ夢を描く

未来へ、社会へ。伝えたいこと(雑談)

インタビュー風景 内田和稔

佐々木:最後に月並みですけど、良かったことは。

篠原:選手村や会場から移動するT-3やタクシーの運転手さんと、パラリンピック競技やアスリートの話、障害の話をしたりしました。会場で料理作っている人も、裏方の人も、国枝選手、勝ってるよ! とか、自然に話していましたね。いつもは関心のある人だけが話すパラリンピックが、日常の話題の中心にあって、そういうのがとても嬉しかったです。

8月24日、公式練習最終日のアクアティクスセンターで国歌を合唱するオーストラリア水泳チーム 写真・秋冨哲生

篠原:選手村にいる日本人のスタッフと話していて、やっぱり、オリンピックとパラリンピックを通じて、選手とか関係者の動き、スピードが、車椅子とか、義足の人とか、見えない人とのスペーシングとかがいろいろあって、交通整理にめっちゃ苦労したみたいなんです。それって、やっぱり経験しないとわからないことですよね。本人たちも、ほんとやばかった(=学んだ)って言っていましたけど、実際に経験してみて、「自分たちが思っていたのが当たり前じゃなかったんだ!」って、気づいてもらうっていうのがありました。ちょっと無理矢理な体験の仕方だったのかもしれないけど、すごく良かったんじゃないかと思った。通常のオリパラ開催が実現していたら、多くの観客の中にもそういう気づきが起きて、よりインクルージョンにつながったんじゃないかと思いました。


佐々木:開催することで、ショックなくらい、いっぱいいろんな問題に気づくことが大切だった。日本人て「無事終わった」ってことについホッとしちゃうけど、それだとパラリンピック開催の意味は半減しちゃうから、ボランティアさんがそういう気持ちを経験できたことは良いと思います。

9月4日、車いすテニス最終日。国枝慎吾の優勝がきまり駆けつけたスタッフたち 写真・山下元気

篠原:私の中では外の人、いままでパラリンピックについて興味なかった人がそれを会話のトピックにしていたことがいちばん良かったと思います。
 ボランティアで実際にかかわって、メダルセレモニーでも企業の方もいっぱい入っていたというのをみて、「パラリンピックってすごいな」とか感じたと思うんです。今回は限られた人で、自分の国でやってるからって部分で感動できたりしたのは、まだまだ薄い部分だけど、良さを感じてもらえたらよかったと思います。もっと社会にこれが循環すればいいなと思います。

佐々木:果歩さん的には、日本の社会とか、スポーツに、今回を通じて考えたことってありますか?

9月4日、陸上男子200mT64決勝に出場した大島健吾。世界の精鋭を相手に初出場の大島は自己ベストを記録した 写真・秋冨哲生

篠原:やはりスポーツが社会から離れすぎたらダメだと思います。「オリパラだからなんでもOK」って見えていたじゃないですか。オリパラが、スポーツがどうしてOKなのか? が、ぜんぜん発信できてなかったんじゃないでしょうか。なんでスポーツが必要なのかっていうのが見えにくかったから、そういうところを何とかしたい。他のものに変えられない、スポーツを楽しむ環境をつくっていくのが大事だと思いました。

篠原:あとやっぱり、子どもたちをみていて、外国人でも恐れず言語の壁も突破していかないとっていうのを感じました。リバース・エデュケーションて、障害のある人との交流にまず子どもがきづいて、大人も影響うけるってありますけど、そこだけじゃなくて、異文化交流とか、国際的な文化の交流とか。子どもたちって本当に、恐れずにやっていたことにはびっくりしました。

9月2日、ブラインドサッカー日本代表最終戦。川村怜からの浮き球のクロスを蹴りこみ歴史的ゴールをきめた黒田智成 写真・秋冨哲生

篠原:I’mPOSSIBLEアワードのステージとか、世界中の人が見てるとなると緊張するじゃないですか。大人から楽しんでねって言われても楽しめるわけじゃない。でも、子どもたちの書いた日記を見たら「ちょっと緊張したけど、楽しもうとおもって頑張って、楽しめた!」って書いてあって、子どもたちってすごいなと思いました。

9月2日、女子50m背泳ぎS2の表彰式。世界記録保持者ピン・シュウ・イプ(右)に迫り2つの銀メダルを獲得した14歳・初出場の山田美幸(左) 写真・山下元気

篠原:14歳のフスナのお母さんも、普通なら子どもにスポーツやらせるのは障害あるから嫌っていうけど、「やってみたらいい」って背中押したことで、彼女は2〜3年で国の代表になれた。やっぱり怪我を避け、外に出すのを止めてリスクマネージメントするだけじゃなくて、機会を通じて成長を助けるのが大人の役割であるべきなんじゃないかと。

 今回の例でいったら、学校で観戦に行かせるか行かせないか。どっちも正解はないと思うんですけど、前向きに考えてどうするか。何か失敗あったときも、これどうやって生かすかって全部前向きに考えられたら、次どうすればよくなるか?みたいに考えられたらいいですよね。

佐々木:どうもありがとうございました!

(聞き手:佐々木延江 取材協力・写真:内田和稔 校正・望月芳子 本稿は、IPCの許可を得て、2021年9月12日に個人として行ったインタビューです)

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