400m自由形S11(全盲)は、一切光をとおさないブラックゴーグルをして400mを泳ぐ。彼らが目の代わりに頼るのは、時に強く接触してしまうとその牙をむくリスクも高いコースロープである。4回ずつのターンとゴールのタイミングを伝える「タッピング」も勝敗の鍵をにぎる重要な目だ。そうして長い距離を全力で泳いでいる間、選手たちはお互いの競いあいが見えない。
結果は、2019年の世界選手権(ロンドン)で現れた絶対王者ロジャー・ドーズマン(オランダ)が自己ベストに近い4分28秒47で優勝。同じくロンドンから本格的にトップアスリートの仲間入りを確実にした富田宇宙は、4分31秒69の堂々たるタイムで銀メダルを獲得した。2人は競技後のインタビューで、お互いについてそれぞれの国の記者に「素晴らしい選手だ、尊敬している」と、語っていた。
22歳のロジャーは、13歳の時に進行性の目の病気を発症、徐々に見えなくなるなかで2019年S11クラスに分けられた。視界が失われようとする中スポーツマーケティングを学んでいたが、東京パラリンピックに出場するため、大学を留年して競技に打ち込んだ。
「ベストタイムではなかった。150mのターンでつま先でキックしてしまったが、それ以外はいいレースだった。コロナで大会が延期され、練習面では忍耐が求められた。富田選手はプールのなかでは絶対的ライバル、バタフライでは富田選手のほうが速い、尊敬する選手だ」と話していた。
銀メダルとなった富田も進行性の病気が進む中、2017年のクラス分けでS11に分けられたが、その年の世界選手権は開催地メキシコシティの大地震に遭遇し現地から引き返した。2018年ジャカルタでのアジアパラを経て、2019年ロンドンでの世界選手権で初めて世界の舞台に進んだ。バタフライでは木村敬一という強力なライバルと国内で競い、弱視クラス当時からメインにしていた400m自由形で2019年にロジャーと出会った。東京での顔ぶれが揃ったところで、コロナ禍が選手たちを襲い、延期が決まり、東京大会は直前まで開催が危ぶまれた。
競技を終えた富田は「たくさんの人に支えていただいて、自分がとったというより、皆さんからいだたいた銀メダルです」と記者たちへの第一声で語った。
「予選の前半が早かったので、いつものペースに戻すか迷ったがそのままで行くことにした。他の選手たちと一緒に前半かなり早いペースで入って、後半は体力に自信があったので粘り勝つという作戦でいきました。300mでは出し切れていました。最後の100は自分の持久力を全部出し尽くし、ラスト50では絶対メダルとる気持ちでした。もっとタイム縮めてロジャーに勝ちたいと言う気持ちもあったけど限界です。お互い難しい時期を乗り越えて戦えて、いいライバルだと思っています。一番は支えてくれた家族に感謝しています」