東京パラリンピックのブラインドサッカーはブラジルの5連覇で幕を閉じた。全18試合が行われ、日本戦の原稿を書きながらのちらり見となった3試合を除いた15試合並びにすべての公式練習を観ることができた。日本戦は記者席も満杯だったが、他の試合は常にガラガラだった。日本人記者は私一人しかいない試合も少なくなかった。そういった意味でも記者席からの感想を書き記しておくことに意味はあるだろうと、記者席からの観戦記、各チームの評価、感想を書き記しておきたい。
まずは優勝したブラジル。ブラジルの強さはなんといっても13得点を奪ったアタッカー陣の層の厚さだ。今大会7番ジェフィーニョは絶不調、10番リカルジーニョも随所ではさすがと思わせるプレーがあったが、思うようにいかずいらだつ場面も多かった。しかし8番ノナート(ライムンド・メンデス)の調子は良く得点を量産、決勝戦でもゴールを決めた。中国戦、リカルジーニョからの高速クロスにダイレクトで飛び込みシュートを決めた驚愕のゴールは今大会のベストゴールだろう。また9番チアゴ・ダ・シウバの縦への推進力も相手チームに脅威を与えていた。
また多くの場面でゴール前ファーサイドに詰めている場面も多かった。例えシュートが外れても、あるいはGKが届かないクロスを、押し込むことができるポジションをとっていた。
一方守備は失点0で、5番カッシオの相手ストライカーを自由にさせない守備、GKルアン・ゴンサウベスの好守も光った。
ブラジルは暑い時間帯に試合を行うグループAだったが、選手層の厚さでカバー、影響は最小限に止められていた。来日は最も早く暑熱対策もできていたようだ。盤石のブラジルだったが、今大会最大の敵は雨だったのかもしれない。準決勝のモロッコ戦1日中降り続いた雨でスリッピーになっていたピッチではボールが足につかず、オウンゴールによる1点のみの薄氷の勝利だった。繊細なボールタッチのブラジル選手たちは他のチーム以上に雨の影響が大きかったのかもしれない。
準優勝のアルゼンチンは、「金メダルを取るために日本に来た」とアルゼンチンのデモンテ監督語っていたように、優勝してもおかしくないチームだった。決勝でも15番マキシミリアーノ・エスピニージョの強烈なシュートが決まっていれば、勝負はどう転ぶかわからなかった。またパディージャからキャプテンを引き継いだデルド・ガルシアの負傷退場はアルゼンチンとしては痛かったかもしれない。
大会を通じて7得点をあげたマキシミリアーノの爆発的な得点力は凄みを増しているが、ブラジルとの違いは得点源がマキシに限られていることだろう。個人的には、ディフェンダー、フロイラン・パディージャのポジショニングを見ているだけで楽しくなるようなチームでもでもあった。
このブラジル、アルゼンチンが頭一つ、いや二つ抜けているのは間違いないだろう。
モロッコの3位は大会前には予想出来ず、今大会唯一のサプライズだった。2014年の世界選手権では12チーム中12位、2016年のリオパラリンピックでも8位と最下位だったが、そこから大きくチーム力をあげた。また大会前には6か月間のトレーニングキャンプをおこなったという。
3位までに共通しているのは、わかっているけど決められてしまう強力なストライカーがいることだ。9番ズハイール・スニスラは長いストライドを活かし、ディフェンダーの足が届かないポイントからのシュートが際立っており、大会通算8得点で得点王となった。2019年12月日本との試合で4点を奪った10番アブデラザク・ハッタブは今大会コンディションが万全ではないようで準決勝まで出場が全くなかったが「ハッタブが万全であればチームとしてもっと得点が出来た」とスニスラは語っている。
モロッコは夕方以降に試合が組まれたグループBの恩恵を受けているようにも感じた。もし昼の時間帯に試合をした中国とグループが入れ替わっていれば3位決定戦の結果は逆になっていたかもしれない。もし日本が3位決定戦に進んでいれば対戦する相手だったが、苦戦必至のようにも思えた。黒田智成ならモロッコのディフェンスから得点が奪えるように思えるが、失点も喫してしまうようで、正直な感想を記せばモロッコに分があるように感じた。
そして4位の中国。400日以上のクローズドトレーニングを行っていたという情報もあり、どんなサッカーをやってくるか大会前にもっとも注目していたチーム。日本にとって最も重要な試合、グループリーグ突破のカギを握る相手だったからだ。これまでと同様あくまでドリブル個人技頼みなのか、何かが上乗せされているのか。
ところが大会直前に発表されたメンバー表にエースのウェイ・ジィェンセンの名前がない。目のケガで来日直前にチームを離脱、現在は北京の病院に入院しているという。中国の監督シュイ・ユーヘイは「彼がいれば活躍していたはずだ」と語る。結果として中国はフィールドプレーヤー6名(通常は8名の登録)で大会に臨むこととなった。エース不在のためか、あるいは元々そういうプランだったのか、中国は自分たちのサッカーを貫き通すというよりは相手を分析し対策を練ったサッカーをやってきた印象だった。いささか生真面目すぎるほどに。ことに日本戦では日本を徹底分析、黒田へのマーク、ボール配給の寸断、ダイヤモンド型の守備陣形への無効化等々、中国が日本対策をこれほど練ってきたのは初めてのことだった。それまでの日本は中国にとって、自分たちのサッカーをやっていさえすれば負けないチームと思われており、大きな変化だった。
フィールドプレーヤー6名で戦う中国は、初戦のブラジル戦のファールも辞さない激しいプレーが後々響いたのか、3位決定戦モロッコ戦では体が重く日本戦で2ゴールをあげた11番ヂュ・ルイミンのシュートは精度を欠きディフェンスもスニスラに付いていけなかった。
リップサービスかもしれないが、中国の監督は「日本チームはとてもチームワークがよくて、そのことの大切さを学んだ」という。だとすればこれからの中国はますます強くなっていくのかもしれない。
5位の日本は最後に触れることにする。
6位のスペイン。各々の選手のポテンシャル、戦術理解度、プレーの再現性も高く、ブラジル、アルゼンチンを脅かす存在かとも思われたが、最後の決定力、精度に欠けた印象だった。グループリーグ初戦でもタイ相手に攻め込むものの、終了間際の第2PKでの薄氷の勝利、準決勝進出をかけた3戦目のモロッコ戦でもあと1ゴールが遠かった。5位決定戦の日本戦では20本以上のシュートの雨を降らせたが、日本ディフェンス陣やGK神山昌士、佐藤大介たちの踏ん張りでゴールを奪えなかった。スペインのシュートはどこか相手に読まれやすいようにも見えた。練習ではとてもチームワークの良さを感じるチームだったが、意外性に欠く印象でもあった。
ただ皆から「ミキ」と呼ばれ、かわいがられている風の11番ミゲル・サンチェス・ロペスや7番セルヒオ・アラマール・ガルシアの2000年生まれの2人の成長も著しく、今後の伸びしろは強く感じられた。
7位のタイは、5月末より開催された「Santen IBSA ブラインドサッカーワールドグランプリ 2021 in 品川」で鮮烈なゴール挙げた7番パンヤーウッ・クパン 、9番ギッティコーン・パウディが、丸裸にされている印象で、グループリーグ3試合では得点をあげることができなかった。おそらく大会youtubeの映像が分析に使われたのだろう。
だがフランスとの7位決定戦では2人がゴールを決め3得点、7位となった。
今後日本がアジア予選を戦うにあたって、中国、イランとともに侮れない相手になることは間違いないだろう。
8位のフランスもグループリーグ無得点だったが、7位決定戦ではタイに3点を取られた後、11番カリファ・ユームがポストプレーから反転してのゴールで2点を返した。
7番ババカル・ニャンが中盤で存在感を示したが、10番フレデリック・ヴィルルは大会を通じて無得点、力を発揮することはできなかった。決定力の低さ、選手層の薄さも露呈された。
そして日本代表。現実的な目標としては3位の銅メダルだった。グループリーグは、高田敏志監督も言うように、フランスには勝つだろう、ブラジルは勝つのも引き分けも難しい、そしてアジア王者中国が明暗を分ける一戦になる。現実にその通りとなり、準決勝進出をかけた中国戦ではわずかな隙をつかれ前半で2失点、後半は前線からプレスをかけ多彩な攻撃を見せてくれたがゴールならず、力及ばず敗れてしまった。中国が日本をこれほど分析し対策を講じてきたのも初めて、中国相手にこれほどまでに押し込んだ展開も初めてだった。
高田監督は2015年の就任以来「勝つためには普通のことをやっていても絶対だめ。やれることはすべてやる」と、戦術、フィジカル、普段の栄養、体調管理、大会中のコンディショニング等々、多くの英知を集め、選手たちのパフォーマンスは飛躍的な向上を見せた。だがまたしても中国が次なるステージへの壁となった。
川村怜は中国戦の試合後「相手の寄せが速くフィジカルと強度が高いので、そのなかでシュートを打ち切れるかが求められる」と語ったように、最後はシュートを打ち切れたチームが上位進出している。
その後の5位決定戦スペイン戦はブラインドサッカーの未来につながる大きな勝利となった。ことに川村怜からの浮き球のパスから空中でのわずかな音を手掛かりにダイレクトで右足を振りぬいた黒田智成のゴールは、人間の限界に挑戦し成果を出した、これからも長く語り継がれるであろうゴールとなった。黒田はひいき目無しに、各国にとってかなり危険なストライカーだった。だからしつこくマークもされたし、ボールが渡らないように寸断された。
佐々木ロベルト泉も体を張った守備と正確なパスでチームに貢献、最後は累積ファールで退場となったが、高校生の園部優月が痺れる試合状況で貴重な経験を積むこととなった。
GK佐藤大介はピッチ上の監督としてゲームをコントロールした。田中章仁も最後尾で猛攻を凌ぎきった。
その田中が、最終戦終了後、語ってくれた。「『やるからにはてっぺん目指す』と言いながら5位で終わったのは悔しいですが、自分たちがやってきたものはやりきったと思います。これからパリ、ロサンゼルスと日本のブラインドサッカーの、パラリンピック最初の歴史のスタートだと思うので…」
ここまで話したところで田中の眼に涙が溢れ出る。
「しっかり次の世代に経験を伝えて、もっと上に日本がいけるように頑張っていきたいと思います」
そして「いらないと言われないかぎり競技を続けいく」という田中が最後に語った。
「3年後パリに行けるようにアジア予選で中国を倒して、開催国枠ではなくアジアのチャンピオンとしてパラリンピックに出たいと思います」
全18試合の結果
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