パラリンピックトラック種目最終日、男子義足短距離競技では最後となる200mの決勝が行われた。100mでしのぎを削ったアスリートたちが再び200mで最速をかけての勝負となった。
予選では全体的に力を温存して走ったコスタリカ代表シェルマン・ギティが21.85秒で全体トップ、次にドイツ代表フェリックス・シュトレング選手が21.96秒で全体2位通過。そして、アメリカ代表ジャリッド・ウォレスが22.14の全体3位となった。全体的に力を温存しつつ、好タイムを記録したことから、決勝はこの3選手の争いになるだろうとの予想だった。そして、間が少しあいてアメリカ代表ジャパラ・ゴアが22.62秒、オランダ代表レビ・フルールが22.66となった。一方でアメリカ代表のトレンテン・メレル選手も決勝進出を決めたかと思われたがスタート直後に内側のラインを少し踏んでしまい、失格となる。これにより日本の大島健吾が全体8位で決勝進出を決める。日本人がパラリンピックでこのクラスで決勝に残るのははじめての快挙だ。
恒例の選手入場から始まり、選手たちが各レーンにつく。「オンユアマーク」のコールの後、選手たちは各々のルーチンをこなす。100m金メダリストのシュトレングは数回大きくジャンプした後、スタートブロックに足をかける。ギティ選手も同じく数回大きくジャンプした後、両手を腰にあて何かを呟く。ウォレス選手は数歩前にでて、両手を腰にあて前を見、その後数回頷きながらクラウチングスタートの姿勢につく。大島選手はそのままスタートブロックに足をかける。各々の集中の仕方があるのだ。そしてスタートのピストルがなり、各選手が走り出す。抜群の反応を見せたのがウォレスだ。その後もスピードにのりコーナーをスムーズに走る。シュトレングも鋭いスタートを切り、ウォレスについていく。ギティは少し遅れながらのコーナーリングとなった。そしてコーナーからストレートに差し掛かった時に一気に加速を見せたのがギティ選手。そのままトップに躍り出る。シュトレング選手もウォレスをかわし、ギティについていく。ウォレスも粘る。3者がほぼ並んだ状態でストレートでの勝負となった。ストレート後半ではギティ選手が大きな体を大きく煽り、力強いステップで前に出てゴール。21.47秒のパラリンピック記録となった。2着はシュトレング選手の21.79秒。そして、最後まで粘ったウォレス選手が22.09で3着。予想通りの展開となったが、最後のストレートに差し掛かった時にはほぼ横一線で並んでいたため、みている方としては非常に熱い展開となった。その後にゴア、ムロンゴ、セイティス、フルートとつづき、そして大島が8着となった。大島は23.62のパーソナルベストを記録。日本人初の決勝の舞台で大きな一歩を踏み出した。
200mと100mの大きな違いはコーナーリングがあること。片足義足の選手は通常義足の長さを健足よりも若干長くするため、右足が義足である方が左に曲がるコーナーリングをしやすいといわれている。今回のファイナリストの中では、優勝したギティ、ゴア、大島の左足が義足だ。ギティ選手のコーナーが他の2選手よりも若干遅れていたのはもしかしたら戦略的だったのかもしれない。いずれにせよ左足が義足の選手の優勝はこの様な逆境を跳ね除けての勝利という意味も含まれている。また、ギティはコスタリカ初、そして国内唯一の義足アスリートとして、この大会前は全く日本のメディアには取り上げられていなかったが、今大会では100mで銀メダル、200mで金メダルと大活躍を見せた。シュトレングも予選から調子の良さを見せ、100mの金メダルに続いて200mでも銀メダルを獲得し、今大会で輝きを見せた。そして、ウォレスは100m予選では調子がそこまで良いとは言えない状態であったと思われるが、その後うまく立て直し100mでは6着の入賞、そして200mでは銅メダルに輝いた。シュトレングもウォレスも各選手を称賛しつつも悔しそうな表情を見せていた。彼らにとってはメダル獲得よりも1位でないことへの悔しさの方が大きい様だ。彼らはきっとまた速くなる。そう思えるワンシーンだった。一方日本の大島は世界レベルの大会は初めてだったにもかかわらず日本人初の決勝進出という歴史的快挙を達成したが、終始悔しそうな表情が印象だった。今後のさらなる飛躍が楽しみだ。
ジャリッド・ウォレスコメント(3着)
とても良いレースができてよかったです。表彰式の一番上を目指してはいましたが、今年のこのクラスは非常にレベルが高い。その中で表彰台に立てて嬉しいです。(22.09というタイムについては?)日本に来ることができて、今晩は雨も降って非常に悪いコンディションだったけれど、このタイムでシーズンベストでした。パラリンピック史上最速の200mのレースでこのタイムが出て本当に嬉しいです。(東京パラリンピックはどうでしたか?)新型コロナウィルス感染拡大で世界中がパンデミックで大変な状況の中、とても素晴らしい大会運営でした。日本の人々に感謝いたします。(義足の調子はいかがでしたか?)ブレードは素晴らしかったです。遠藤謙というエンジニアと一緒に4年間一緒にブレードの開発をしてきました。彼と一緒にデザインしてきたことはとても光栄です。そのブレードを使ってオランダのキンバリー・アルケマデも200mで表彰台に上がることができました。これからもテストを繰り返していき、いいものを作っていきたいと思っています。