NHKでは車椅子テニスや車椅子バスケの日本人の活躍を中心に放送されているが、私は国内外かかわらず、陸上の魅力をお届けしたいと思い、書いている。これまでに3回行ってきたZoom観戦会も好評で今回は裏番組でありながらも、30名を超えるパラ陸上ファンと一緒にT64女子100m決勝、T62男子200m決勝、T61男子200m決勝の観戦会を行った。
T64女子100mの決勝では、速いということと強いということの違いがよくわかる一戦だった。スタートからまず飛び出したのは、小柄な身体をうまく使い、足を素早く回転させて走るスペイン代表サラ・アンドレス バリオ、すぐさま200mの銀メダリストのドイツ代表イルムガルト・ベンスザンと200m金メダリストのオランダ代表マルレーン・ファン ハンセウィンケルがアンドレス バリオをかわし、先頭争いを繰り広げる。中盤を超えたあたりからハンセウィンケルが一歩前にでる展開となる。3番手争いには、カナダ代表のマリッサ・パパコンスタンティノウと少し出遅れたオランダ代表キンバリー・アルケマデが続く。いつもであれば、この辺りから追いついてくる世界記録保持者オランダ代表フルール・ヨングのスピードがのびない。終盤でもハンセウィンケルが力強く走り、危なげなくそのまま12.78秒で1着。ベンスザンは12.89秒で2着と速さと強さを見せつけた。そして、最後まで粘り強く走り続けたパパコンスタンティノウが勝負強く13.07 秒のパーソナルベストを出して3着。4着には最後まで本来のスピードが出せなかったヨング。そしてスタートを出遅れて、焦ったせいか最後まで走りを立て直すことができなかったアルケマデとなった。
今大会では100m・200mで金メダル、走り幅跳びで銅メダルを獲得したマルレーン・ファン ハンセウィンケルの活躍が目立った。彼女は下腿だけでなく腕もないので他の選手と比べて不利な条件であるともいえる。しかし、恵まれた大きな体を生かした力強い走りは他を寄せ付けず、今回の短距離女子では今大会では敵なしの状態だった。そして、100m・200mで銀メダルに輝いたベンスザンも大きな身体と長い手足を使ったしなやかな走りは非常に安定した強さを見せた。一方で、走り幅跳びで金メダルに輝いたヨングは、激しい雨や急な気温の変化のせいか、100m予選から調子を落とし、決勝でも本来のスピードを見せることができなかった。200m銅メダリストのアルケマデは、国際的なレベルの大会の経験が少ないからか、100mではスタートの遅れから走りが硬くなり、本来の後半の伸びが影を潜めた。一方、200mでもパーソナルベストで調子を上げてきたマリッサ・パパコンスタンティノウは100m決勝のここ一番で13.07と大きくパーソナルベストを更新し銅メダルに輝いた。いくら練習や予選でいいタイムを出していたとしても、決勝でその実力を出すということはまた異なる能力が必要なのかもしれない。大きなプレッシャーの中、本来の自分をしっかりと出せた選手しかメダリストを手に入れることができないということがよく伝わる名レースだった。今回涙を流した選手たちには悔しさをバネにし、来年の神戸世界パラ陸上選手権での活躍を期待した。
T63(両足下腿義足)男子400mでは、100m銅メダルに輝いたドイツ代表ヨハネス ・フロールス選手が1つ頭抜けており、どこまでタイムを伸ばすかが1つの見所となった。T62(両足下腿義足)とT64(片足義足)は100mは一緒に走るが、200mと400mは一緒に走らない。世界記録を見ると、全ての距離で両足下腿義足の方が早く、距離が長くなればその差も大きくなる。つまり、400mは最もオリンピック選手に近いタイムを期待できるスプリント競技だ。2012年には南アフリカ代表のオスカー・ピストリウス選手がオンピックに出場し、準決勝にまで進出したことは有名だ。その後をアメリカのNCAAで大学の陸上部で活躍し、パラの大会にはなかなか出場してこなかったアメリカのハンター・ウッドホール選手と2019年ドバイ世界パラ陸上選手権銀メダリストオリビエ・ヘンドリクスがどこまでくらいつくかも見所だ。
ピストルがなると、予想通り最初からフロールスが独走状態に入る。その後を追ったのは予想通り、ウッドホールとヘンドリクス。フロールスは最初から最後まで他の追随を許さず、45.86秒で一着。自身の世界記録更新にはならなかったが、格の違いを見せつけた。その後に続いたのはヘンドリクス。2019年銀メダルを獲得したときの彼のタイムが50.79秒であったが今回47.95秒で大きくパーソナルベストを更新した。まだ18歳。まだまだ速くなる可能性しか感じない。そして、ウッドホールは48.61秒で銅メダル。こちらも22歳。まだまだ成長する余白しか感じない。このクラスの今後が楽しみでしょうがない。
T61(両足大腿)の走りは非常に独特で、T64が陸上元来のスピード、T63が義足を使いこなすスキルとスピードが魅力だとしたら、T61は走り方の発明ではないかと思う。以前はT63とT61は一緒に走るクラスであったが、今は別々のレースになっている。これはイギリス代表リチャード・ホワイトヘッドをはじめとする同クラスの選手たちがが、膝継手を使わないでソケットの下にパイプを通じて板バネをつけ足を外側からまわす、いわゆるぶん回しを編み出し、後半のとてつもないスピードを生み出したのだ。それから、ホワイトヘッドのように走るT61選手たちが生まれ、東京パラリンピックではT61のぶん回しで走る選手たちがレースをすることになった。今大会では45歳となったホワイトヘッドと走り幅跳びでも金メダルに輝いた19歳のヌタンド・マーラングの対決が見どころであった。
スタート直後から、予想通りホワイトヘッドとマーラングが飛び出し、コーナーをホワイトヘッドが若干リードしながら後半のストレートに差し掛かる。その後ホワイトヘッドが使用しているブレードよりも大きく湾曲したOssur社のXtremeのたわみを最大限に生かし、マーラングが大きなストライドで先頭に立ち、23.59秒で1着となった。ホワイトヘッドは23.99秒の2着となった。3着にはドイツのアリ・ラチン。
このクラスを初めて見る人は例外なく驚く。その理由は人間の足とは大きく異なる足を用いて、全く異なる走り方ですさまじく速く加速するからだ。私が普段お世話になっている乙武洋匡氏は四肢欠損の障害をもっているため、義足を使って走るとこのクラスになることを知り、一瞬で競技をあきらめたほどの衝撃だ。今後もさらなる発明を期待したい。