9月2日、パラリンピックも終盤を迎え、さらなる盛り上がりを見せるなか、義足クラスの最速レースとなる女子100m(T64)の予選が行われた。予選当日は前日とはうってかわって気温も低く、雨が降りしきり肌寒い、選手にとってはとても厳しい環境で行われた。
このクラスでは、T64(片下腿義足)の世界記録保持者マルレーン・ファン ハンセウィンケル(オランダ)、ドバイ世界パラ選手権銅メダリストのキンバリー・アルケマデ(T64/オランダ)、2021年ヨーロッパ選手権金メダリストで、T62の世界記録保持者フルール・ヨングのオランダの3選手の躍進が目立っている。これに割り入るのが、ドイツ代表リオパラリンピック銀メダリストのイルムガルト・ベンスザン(T44)、そして2017年世界パラ選手権金メダリストのイギリス代表ソフィー・カムリッシュ(T64)だ。また、最近ものすごい勢いで伸びているアメリカのシドニー・バータ(T64)やベアトリス・ハッツ(T64)などの若手が、12秒台をパーソナルベストに持っている。それを日本の高桑早生(T64/NTT東日本)がどこまでくらいつけるかが見どころとなった。個人的な注目選手の紹介はこちらを参照。
予選1組目、会場が騒がしくなったせいか、ベンスザンが「セット」のコールの直前に手を上げ、再スタートを求めた。会場が異様な雰囲気に包まれながら、選手たちは再びスタートの準備に入った。2度目のスタートはスムーズに行われ、ピストルがなると勢いよく飛び出したのはイギリス代表のカムリッシュ。その後スピードに乗ったハンセウィンケルが先頭に躍り出て、そのあとをベンスザンが追う展開となった。ハンセウィンケルはそのまま危なげなく12.82秒で1着。2着にはベンスザンが13.01秒でゴールした。その後2人に抜かれながらも、粘ったカムリッシュが13.32秒で3着。4着争いは熾烈で高桑、バータ、そしてスペイン代表サラ・アンドレス バリオ(T62)が最後までもつれ込み、競り勝ったアンドレス バリオが4着、高桑は5着となった。
予選2組もスタート直後、不正スタートの合図でもある2度目のピストルが鳴り、1人の選手が両手を顔に当てた。ニュージーランド代表のアナ・スティーブン(T64)だ。不正スタートにより失格となり、涙ながらの退場となった。2度目のスタートは滞りなく進み、スタート直後はハッツ、アルケマデ、カナダ代表メリッサ・パパコンスタンティノウ(T64)、アメリカ代表フェミタ・アヤンベク(T64)が横一線に飛び出す。中盤からはアルケマデが前に出て、パパコンスタンティノウがそのあとを追う展開となる。いつもであれば、両足下腿が義足のヨング選手が後半ものすごい勢いで猛追するのだが、今日はスピードが伸びなかった。アルケマデがそのままゴールし、13.06で1着。パパコンスタンティノウが13.22で2着と続いた。その次に粘ったハッツが13.26で3着。本来の後半の伸びが出なかったヨングは13.34の4着となった。
雨が激しく降り、気温も低く、さらに両レースとも再スタートとなり、選手としてはやりづらい環境であったせいか、多くの選手はシーズンベストから0.2から0.4秒遅れたなか、しっかりとレースを作った選手が決勝に残った。ニュージーランド代表のスティーブンは不正スタートで失格となり、涙を飲んだ。パラリンピックのために命を削ってやっと得たものを一瞬にして失ったが、まだ21才の選手なので、この悔しさをバネにこれから飛躍していくだろう。その中で高桑は惜しくも決勝に進むことができなかったが、このような環境の中でパーソナルベストを更新したことは素晴らしく、今後のレースに期待したい。予選のレースの様子からは、ハンセウィンケル、ベンスザン、アルケマデらの調子の良さが目立った。決勝でもこの3選手の争いが期待されるのと、いつもの後半のスピードが全く見られずタイムで決勝に拾われたヨングが、どこまで立て直してこの勝負に割り入ることができるかを期待したい。
高桑早生コメント
5年前と同じ結果で決勝に進めなかったので、やはりT64の女子のレベルは上がっていて、5年前の記録じゃ太刀打ちできないんだということを痛感するレースでした。ただ(決勝に)行けないレースでもなかったと思うので、そこは悔しいです。今この瞬間自分にできることは全部やり切りました。スタートラインに立った瞬間、「なんてワクワクする舞台なんだろう」と心の底からパラリンピックを楽しむことができたので、良いレースだったかなと思います。
(Made in JAPANの義足で走ったことについて)今仙技術研究所さんの「KATANAΣ(カタナシグマ)」を使っています。私自身日本製にこだわっているつもりはなかったのですが、今大会でも海外の選手がすごく興味を持ってくれているのが分かって「Made in JAPANなんだよ」と言えることが幸せなことでした。この義足で自己ベストタイを出すことができたのは、この先もプラスになるかなと思う。来年は神戸で陸上世界選手権が開催されます。パラ陸上はパラリンピックの翌年に日本で国際大会が開催されるという、恵まれたチャンスにいると思います。私自身は今回のリベンジを果たせたらと思いますし、今度は沢山のお客さんに見てもらえることを願って、燃えていきたいと思います。
(校正 佐々木延江、望月芳子)