ジャリッド・ウォレス(アメリカ、31歳)
ジャリッドは海外の義足パラアスリートの中で最も来日回数の多い親日家のアスリートです。私が彼を始めてみたのは2016年の日本で行われたセイコーゴールデングランプリという大会でした。彼は海外選手として日本の大会に招待され、当時のパーソナルベストである11.15を記録しました。そしてそこから数ヶ月後、Parapan American Gamesというアメリカ大陸の大会で10.71という当時の世界記録を更新し、優勝しました。すぐさま、同じ年11月に行われた世界パラ陸上選手権で同アメリカのリチャードブラウンが10.61の世界記録を更新し、2016年のリオパラリンピックに向け激しい競争が繰り広げられていました。
2015パラパンアメリカゲーム100m決勝
そして、2016年リオパラリンピックの前哨戦でもあるロンドンでのIPCグランプリでは、優勝候補のジョニー・ピーコックをも破り、10.80の好タイムで優勝し、リオパラリンピックの優勝候補として名乗りを上げました。しかし、リオパラリンピックでは体調を崩し、まさかの5位。選手村であったときには、気丈に振る舞っていましたがかなり落ち込み、何位だったかすら覚えていないと後に語っていました。
2016年リオパラリンピック100m決勝
そこから直ぐに立ち直り、次の年には日本のXiborg社と組み、自身のためのブレードの開発を始めました。そして、新たなブレードを使って2017年ロンドン世界パラ陸上選手権では見事100mでは銅メダル、そして200mでは金メダルに輝きました。その後も世界トップアスリートの1人として、第一線で活躍し続けています。
2017年ロンドン 世界パラ陸上競技選手権100m決勝
2017年、2018年には日本で行われたストリート陸上、渋谷City Gamesにも参加し、両年とも準優勝しています。また、2016~ 2019の4年間に、セイコーゴールデングランプリにも毎年来日し、3回の1位、1回の2位と好調をキープしています。それだけではなく、2017年には結婚、2019年には子供も生まれ、私生活でも充実している様子が、彼のインスタグラムからも伝わってきます。新型コロナウィルスの感染が広がったときには、彼のホームグランドである大学へ入ることができなくなってしまいましたが、自宅の地下にあるウェイトルームでひたすら体を鍛えている様子も見ることができました。
https://www.instagram.com/wallace_jarryd/
その後、彼はパートナーのXiborgや日本の選手たちと協力をし、Xiborg ν(ニュー)というこれまでにない形状のブレードの開発に関わりました。この開発のために、毎年来日して自身を実験台にし、データを蓄積してきたのです。ここまでブレード開発に関わった選手はこれまでにいないと思います。
また、アスリートとしてだけでなく、パラスポーツや障害者の置かれている状況を変えるためにも活動を精力的にしています。渋谷City Gamesではパラスポーツの普及のために自ら広告塔として活躍しました。プロモーションの撮影のために大学の授業がある忙しい中、週末含めた3日間だけ来日し、みっちり撮影だけこなして帰国していったということもしました。一緒にきた奥さんはせっかく日本に来たのに全く観光する時間がなかったので、非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
https://www.kettle.co.jp/english/works/shibuya-city-games.html
さらには、自分で撮影チームを組み、自らプロデューサーとなって自分のプロモーションムービーを作りました。この中で自分のアスリートとしての姿だけではなく、どうやったら義足の子供たちが楽しく走れるような社会を作れるかという問題提起も行いました。このプロジェクトはまだ現在進行形で、安価なブレードを開発し普及する活動「Blade for All」をXiborgと進めようと準備を進めています。
Race to Tokyo
https://vimeo.com/327623160/6f60023ff5
Blade for All
ジャリッドはお父さんが名門ジョージア大学のテニスコーチとして活躍する、スポーツ一家の子供として育ち、小さい頃からテニスや陸上など様々なスポーツを経験してきました。大学では陸上競技のチームに所属して、800mを走っていました。そして、コンパートメントシンドロームという病気で十数回の手術を繰り返した後に、右足下腿を切断しました。その後の活躍は、すでに皆さんの知っているとおりです。元々陸上をやっていたこともあり、走る姿から知性を感じられます。特にスタートの低い姿勢からの飛び出しは誰にもついていけません。義足と健足異なる2つの足を使って走るのが片足下腿義足の選手ですが、段端末荷重のできる右足を最大限に生かし、左右の足を同等に使用して対象的に走ることを理想としています。データを見ても左右の床反力の大きさはほぼ同じです。ブレードを潰して反発してくる力をうまく利用して推進力に変えているのです。身長もそこまで大きくなく、体もそこまで競技に恵まれているわけではないですが、ブレードの利点を最大限に利用して走っている選手の1人といえます。
また、彼は大のウィスキー好きで、日本に行きつけのバーが何軒もあり、ほぼ必ずといっていいいほどウィスキーを買って帰ります。セイコーゴールデングランプリが大阪で開催されたときには、レースの次の日に東京に帰る途中で山崎の蒸留所へ行き、ツアーガイドよりも詳しい知識を披露してくれました。ツアー後のテイスティングでは、山崎25年、白州25年、響30年を飲んでご満悦でした。また、日本のご飯も口に合うようで、ラーメン、特に一風堂が好みのようです。
当初彼の2020年の夢の1つは日本人選手に負けないくらいの声援を受け、金メダルをとることでした。無観客が決まった今、その声援はなくなってしまいましたが、世界一のスタートダッシュで多くの人を魅了してくれること間違いなしです。
| ジョニー・ピーコック | フェリックス ・ストレング | ヨハネス・フロアー | アラン・オリベイラ | シャーマン・グイティ | ミハイル・セイティス | ジャリッド・ウォレス |
(編集・校正 佐々木延江、望月芳子)