2021年6月5日土曜午後1時10分「Santen IBSA ブラインドサッカーワールドグランプリ 2021 in 品川」アルゼンチンvs日本の決勝が、アルゼンチンボールでキックオフされた。
いつもは左サイド(日本の右サイド)に位置するアルゼンチンの絶対的ストライカー、マキシミリアーノ・アントニオ・エスピニージョがこれまでとは逆の右サイドにポジションをとった。日本はすぐさまそれに呼応し、相対する左サイドに佐々木ロベルト泉を置き、右サイドには川村怜。トップに黒田智成、最後尾に田中章仁、キーパーは佐藤大介。日本の先発5人は大会5試合を通じて同じメンバーとなった。
2日前の6月3日に行われたリーグ戦でも日本はマキシミリア―ノのサイドにロベルトを配置、ロベルトが素早く相手を捕まえて体を張って止め、寄せてきた田中、川村、黒田との連動したコンパクトな守備でゴールを決めるために必要な時間とスペースを与えずマキシミリアーノを抑え込んだ。後半に入るとアルゼンチンは「日本を驚かせるための戦術」としてマキシミリアーノを逆サイドに変えてみたが、田中章仁を中心に「ブロックをしっかりと作ることを意識して」対応、日本はアルゼンチンにゴールを許さず0-0と引き分けて決勝進出を決めていた。
アルゼンチンのデモンテ監督は、試合後、「日本の守備にてこずった。パラリンピックの決勝であたるくらいのチームだった」と語った。
そうしてむかえた決勝、試合が始まるとマキシミリアーノはキックオフ時にいたサイドには張り付かず、逆サイドや中央にふらふらと出没する。日本代表高田敏志監督は「(マキシミリアーノが)サイドに張り付いたら(ロベルトのポジションを)変えようと思っていた」。
そして前半9分、GK佐藤から日本の右サイド壁際の川村にボールが渡るとゴール前にいたマキシミリアーノが素早く走り寄り、アッカルディと2人で川村を挟み込む。マキシミリアーノはボールを奪うと素早く反転、壁際にドリブルで直進、田中が寄せ切る前に急激に中央へカットイン、ゴール前5mから右隅に蹴りこんだ。ロベルトは逆サイドからカバーに回っていたが及ばなかった。
田中は「もう少し壁際でおさえなくてはならなかった。中に入らせない守備をしなくてはならなかった」ロべルトは「必ず体を入れてどんな時も力で負けない。そうすれば止められた」と振り返る。2日前の対戦では得点を奪えなかったアルゼンチンが、日本に守備のブロックを作る時間を与えずに、決めきった。結果としては、マキシミリアーノが得意としているサイドの逆にロベルトを張り付かせ、得意の左サイドでボールを奪い切り中央へカットイン、ゴールを奪うという形になった。前半15分にはマキシミリアーノがさらに追加点。終盤日本は攻撃的な布陣でアルゼンチンゴールに迫ったが2点目が重くのしかかり、国際大会初の優勝はかなわなかった。
デモンテ監督は「勝つためには戦術のちょっとした変化が必要。日本は強いチームなので、日本チームのあらゆる動きを見ている」という。今大会の日本はキーパー佐藤からの素早く正確なフィードで数多くのチャンスを作り出し、実際3戦目のスペイン戦では佐藤のスローから黒田へとボールが渡りゴールが生まれた。その対応策としてアルゼンチンは、アッカルディやガルシア、パニーザなどがスライディングで面を作りキーパーから前線へのボールを寸断しようとした。
世界ランキング1位のチームが日本に勝つために分析、プランを練ってきたのだ。そこまで日本が強くなったということだろう。
「昔は耐えているだけで、歯がたたなかった」2018年に南米遠征で対戦した際には「ただただ耐えているだけでボールが前に出ない試合が続いていた」と高田監督はいう。今大会は決勝で敗れはしたものの「意図的にボールを動かして人を動かして、いろんなしかけが出来たのでポジティブな要素はたくさんあった」
パラリンピック本番へつながる手応えを充分に感じた準優勝となった。
筆者が初めてブラインドサッカー日本代表を見たのは2006年、初めての国際試合生観戦は2009年の中国戦。中国は前年の北京パラリンピックで銀メダルを獲得したチーム。そして翌2010年、代表選手たちと食事をともにする機会があった。その場で確か黒田選手だっただろうか「パスをつないでいくサッカーがしたいんですよね」という意味合いのことを語った。どう反応したかははっきり記憶にないが「夢物語を語るより、もっと現実を見たほうがいいんじゃないの」と心の中で思ったことはよく覚えている。日本代表チームは現在とは違い試合でパスがつながることはめったにない時代で、強力なドリブラーとキーパーを擁した中国に敗れた試合が脳裏にあってのことだったが、今となっては恥じ入るばかりだ。
現在の日本代表は、その時思い描いた夢物語以上だ。それは彼らが現実を見据え、一歩一歩、歩を進めてきた証である。
その過程では苦い歴史も経てきた。2011年12月仙台でのアジア選手権イラン戦はハーフタイムの時点で0-0、このまま試合が終わればロンドンパラリンピック出場が決まる。引き分けでもOKの日本、勝たなくてはならないイラン。しかし後半日本は2点を奪われ、“ブラインドサッカー版ドーハの悲劇”の様相を呈した。もし日本に守り切る力があれば出場権を得ることができていた。ミックスゾーンでの黒田、落合啓士選手たちの無念の表情が忘れられない。
そして2015年9月リオパラリンピック出場をかけたアジア選手権。魚住監督の元、守備力が飛躍的にアップした日本はイランと対戦。この試合に日本は勝たないとパラリンピック出場の可能性が著しくしぼみ、自力突破の可能性がなくなる。一方、イランは引き分けでも良い状況だった。しかしイランのキーパー、ショジョイヤンからゴールを奪うことが出来ず0-0のスコアレスドロー。勝ち切ることができなかった。
その後就任した高田監督の元、まずは攻撃力アップ、個々の選手の能力の底上げが図られた。当初は目先の結果だけを追い求めるのならば守備的に戦ったほうが良い試合もあったが、あくまで東京パラリンピックを見据え強化を進めてきた。守備の構築は前チームからの積み上げもあり、いつでもできるという思いもあった。フィジカルコーチ、メディカルスタッフ等の協力の元、個々の運動能力も高められた。低酸素トレーニングも取れ入れられ、各々のフィジカル数値もアップし、ほとんどの選手が過去最高の数値を記録したという。日本の40代の選手たち(黒田、田中、ロベルト)が今大会、脳疲労も起こさず、パフォーマンスを落とすところなく走りきれたのは、その成果だった。GK佐藤、フィールドプレーヤー川村、田中、ロベルトは5試合すべてフル出場。黒田は初戦で佐々木康裕と5分ほど、決勝で園部優月と1分ほど交代しベンチに退いた以外は全て出場した。過去に大きなケガを経験した黒田が、攻撃に守備にここまで走り切れることは驚異であった。一方、加藤健人、寺西一の出場はなかった。各国が各選手を使い切り様々なパターンを試していたのとは対照的だった。
フランスはベストな解を求めて試行錯誤していた。スペインは相手の戦術に対応し、マルティネス監督が20歳から51歳までの選手たちを使い分けた。優勝したアルゼンチンは、マキシミリアーノに代わって入って20歳のオビエードがフランス戦でゴールを挙げて将来への期待をいだかせ、18歳のメルロスも経験を積んだ。ガルシアとアッカルディも頼りになる存在となり、かつては中心選手だったパニーザを、リズムを変えるコマとしても使えるようになった。サイドへのパス、浮き球のパス、パスで崩す局面も増えた。そしてデモンテ監督が「彼無しに現在のアルゼンチン代表はありえない。チームの心臓」と断言するフロイラン・パティージャはもちろん健在だ。
この大会の日本の戦績は以下。
第1戦 日本 1-0 フランス
得点 川村怜 前半1分
第2戦 タイ 0-1 日本
得点 黒田智成 前半1分
第3戦 スペイン 1-1 日本
得点 黒田智成 後半9分 ユースフ・エル・ハダウィ・ラビィ 後半18分
第4戦 日本 0-0 アルゼンチン
2勝2分け勝ち点8の2位で決勝進出
決勝 アルゼンチン 2-0 日本
得点 マキシミリアーノ・アントニオ・エスピニージョ 前半9分 前半15分
優勝はアルゼンチン、2位に日本、3位スペイン、4位タイ、5位フランスという結果に終わった。大会得点王は6得点のマキシミリアーノ、MVPも同時受賞。5得点のタイのギッティコーン・パウディ、3得点のパンヤーウッ・クパンも強烈な印象を残した。MIPは佐々木ロベルト泉、TANAKA Great Effot Awardは田中章仁と、日本のディフェンス陣が受賞した。
この大会は東京都の緊急事態宣言下に行われた。無観客であることはもちろんメディアも一切会場に入れず、YouTubeの試合映像を見てオンラインの会見に参加することしかできなかった。選手、チーム関係者もホテルと試合会場の往復のみ、ホテル内での行動も制限され、抗原検査も課せられた。
試合は無事終わったものの、海外のチームも含めた大会関係者には6月20日にPCR検査が課せられ、制約ある行動が義務付けられているという。
その結果を受けて、初めて大会が「無事に閉幕」することになる。
東京パラリンピックが開催されるならば、ブラインドサッカーは8月29~31日の3日間がグループリーグ、9月2日が準決勝、決勝は9月4日。厳しい残暑の中の戦いが予想される。今大会の5か国に加え、アテネパラリンピックでブラインドサッカーが採用されて以来4大会連続金メダルのブラジル、ランキング5位の中国、10位のモロッコが参加。今大会よりさらに厳しい戦いが待っている。
だが日本の選手たちは自らの課題が明確に見えているようだった。日本チームは準優勝したことで、さらに分析される対象にもなるだろう。だが今大会にはあえて出さなかったプランもある。それは各国同じかもしれない。日本もさらなる分析を進めていく。
「サッカーで一番面白いところなので、工夫しながらやっていく」高田監督を中心としたスタッフたちの総力戦が続いていく。
(スペイン語通訳・オルテガ・アゴスティーナ・ナオミ 英語翻訳協力・筒井彩樹 スペイン語翻訳協力・矢箆原 純 編集・佐々木延江)