3月15日~17日、静岡県の御殿場市馬術・スポーツセンターで日本障がい者乗馬協会の強化合宿が行われ、強化指定選手・育成指定選手らが参加。東京パラでの入賞やメダル獲得、ひいては2022年世界馬術選手権や2024年パリパラリンピックに向けて、各選手の技術力や競技力の向上が図られた。
選手それぞれが成長
パラ馬術には、障害物を飛び越える障害馬術などの種目はなく、馬と一体となって演技の美しさや正確性を競う馬場馬術のみ。
今回の合宿では、篠宮寿々海氏 (1998 年世界馬術選手権 馬場馬術競技出場)によるマンツーマンの技術指導が行われた。また、各グレード(障害の重い方から、グレードⅠ~Ⅴがある)ごとに定められた経路(演技)を踏み、小川きよ氏 (パラ馬術強化本部委員・国内パラ馬術審判員)ら審判員がその場で採点する経路指導も受け、選手それぞれが成長への足掛かりをつかんだ。
競技歴約3年と浅いながらも、伸長著しいグレードⅢの稲葉 将(静岡乗馬倶楽部/シンプレクス株式会社)。2020年11月の全日本パラ馬術大会でチームテスト(規定演技種目。パラリンピックでは団体戦課目)、フリースタイルテスト(自由演技課目。各選手が決められた運動を取り入れつつ、音楽をつけて自由に演技する)ともに得点率67%以上を挙げたカサノバとともに合宿に参加した。
「普段と違う方のレッスンを受け、普段とは違う視点で、今までやってきたことの再確認や苦手なことの克服などの収穫があった。技に関しては一個一個だからできるのかな、というのがあるので、あとはどれだけ経路として続いた状態でできるか、スムーズに再現できるかということで、今後その精度をもっと高めていきたい」
東京パラリンピックの日本代表枠は4つで、出場資格をクリアしている強化選手5人の中から成績順に選ばれる。稲葉は現在、国内ランキング2位。代表に選ばれたら「最終日の決勝に残って、メダル争いをしたい」と目標を語る。しかし、それだけではなく、
「もし4人の代表に残ったら、ほかの選手たちにも、自分ができることが何かあれば積極的にやって、チームとしても個人としても最高のパフォーマンスが本番でできるように頑張っていきたい」
とチームの一員としての自覚も芽生えてきた。
グレードⅡで、2016リオパラリンピック代表の宮路満英(リファイン・エクイン・アカデミー/株式会社セールスフォース・ドットコム)は、自宅から練習場が遠く、天候の関係などで実践的な練習は約二カ月ぶり。
「今回久々に馬に乗ったが、乗っているうちにリズムなどを取り戻し、経路もやっていい勉強になった。三日間の合宿で日増しに良くなっている」
と笑顔を見せた。
馬に乗れない時も自宅で毎日、体幹や呼吸法のトレーニングをやっているので焦りはなく、騎乗でも体幹をまっすぐ保てるようになったという。
現在、国内ランク1位の宮路は東京パラについて、
「リオでは出ただけで最下位という悔しい思いをしたので、リラックスして出て、その結果入賞になればいいと思う。目標は日本で初めてのメダル。2020年1月の大会で、自分自身初めて得点率68%を出した。もしその馬とまたコンビを組めたら、もうちょっといいポイントが出せそうだ」
と意気込みを語った。
同じくグレードⅡで、最年少20歳の吉越奏詞(アスール乗馬クラブ/日本体育大学)も、合宿で手ごたえを感じた一人。
「この前、試合でできなかったいい動きができて充実感がある。たとえば、馬の頭部が安定したきれいな状態で経路を回れた。篠宮コーチが、難しいところもうまくポイントを教えてくださったので、今回の合宿でさらに上達した」
昨年からコロナ禍で大学の授業がオンラインとなり、通学時間がなくなった分、馬術に費やして練習の難易度を高めたり、基礎練習をもう一度見直したりしている。
自身の障害に合わせて使用する特殊馬具も、右手のサポーターを頑丈なものに変え、鐙をゴムではなくマグネットで固定することにした。馬の不快感を取り除き、馬が気持ちよく走れるようにするためだったが、馬は繊細な生き物なので、道具を変えることは大きなリスクがある。
「馬の様子を見ながらのチャレンジだったが、割と成功したな、と思っている。今回の合宿でとても高い評価をいただけたので、自信を持って東京に挑みたい」
合宿後、ヨーロッパでトレーニング
日本障がい者乗馬協会強化本部長の三木則夫氏は、
「コロナでパラリンピックが延びてオランダ合宿もできず、なんとか外国勢とのギャップを埋めるために今回の合宿を企画した。篠宮コーチに演技指導してもらい、その指導に基づいて隣の馬場でジャッジが経路を採点し、ジャッジの視点でどういう風に乗ったらいいか、という二つの組み合わせが、今回非常にうまく機能した。三日間通じて、馬と人がずいぶん変わった」
と合宿を総括した。
強化選手5人の現時点での国内ランキングは、1位:宮路満英、2位:稲葉 将、3位:吉越奏詞。4位:グレードⅠ 鎮守美奈(明石乗馬協会/コカ・コーラ ボトラーズジャパンベネフィット株式会社)。5位:グレードⅣ 高嶋活士(ドレッサージュ・テルイ/コカ・コーラ ボトラーズジャパンベネフィット株式会社)。
強化合宿後、5人は4月に行われるベルギーの大会に出場し、その後オランダへ移動。強化選手のために世界で戦えるレベルの馬が用意されていて、そのリース馬で東京パラ直前までトレーニングする予定。
パラ代表4枠は、4月以降の成績も考慮して6月下旬に選手が内定。その後、どの馬との組み合わせで出場するかが決まる。国内で各選手が用意している馬で出場する可能性もないわけではないが、
「ヨーロッパの馬が試合に非常に強いので、現実的にはヨーロッパの馬でパラにトライすることになるだろう」と三木強化本部長。
どの人馬が代表に選ばれるか、発表が楽しみだ。
東京パラのその先へ
東京パラ以降に照準を合わせ、合宿に参加した選手もいる。
昨年11月の全日本パラ馬術大会、フリースタイルテストで宮路、吉越を抑えて初優勝したグレードⅡの大川順一郎(蒜山ホースパーク/国立大学法人 鳥取大学乾燥地研究センター)だ。
「今年育成選手となり、今回初めて合宿に参加したが、レッグイールデイング(馬体を正面に向けたまま、斜めに歩かせる運動)について細かく指導していただき、理想の運動に近い演技ができるようになった。また、苦手だった斜線で歩度を伸ばす運動で高評価をいただき、やればできるんだと体感できた」
と得るものが大きかったようだ。
難病で、将来車椅子になるかもしれないと言われている大川だが、「自分の生きてきた証として、自分の可能性にチャレンジしていきたい」と、世界の舞台に立つのが大きな目標。
東京パラリンピックへ、あるいは来年の世界馬術選手権、2024年のパリパラリンピックへ。選手たちの挑戦は続く。
(取材・文 望月芳子、校正 佐々木延江、写真・取材協力 内田和稔)