ーー自粛中も、仕事と練習を継続
「自粛中の陸トレで体重が増えたけど、パワーもついてきました。課題はスタートの改善です。0.3〜0.5秒縮まるだろう。ターンにも改善できるところがあると思う。前回のアジアパラ(ジャカルタ2018年)で出したのが自分のベストタイム(1分9秒70=3位)で、当時なみの練習をこなすことで1分8秒台を目標にしていきたい」と林田泰河(はやしだたいが)。
100m平泳ぎSB14(SB14=知的障害)の日本代表としてリオパラリンピック(2016年)に出場した林田は現在31歳。強化指定選手として東京パラリンピック出場をめざしている。
林田の競技生活は20年以上になる。練習は横浜市の障害者スポーツセンターを拠点とするスイミングクラブ宮前ドルフィンに所属し、仕事は市役所職員として横浜市神奈川区役所に勤務している。「物事を冷静に、正確にとらえようとしている」と、就職の頃から林田を知る同僚の江原顕さんは林田について話してくれた。
林田のもとにも、新型コロナウイルス感染症拡大の影響が直撃した。
ーー自粛と延期の練習への影響
「今年3月から6月は泳げるところがなく、遠方のプールへ時間をかけて行って泳いだり、マンションのプールを貸してもらったりした。泳げない代わりに、通勤ルートを工夫して、10キロくらい歩いたりしたので、ズボンの股のところが破れて2着ダメにしました。ぶら下がり健康器での筋トレを増やしました。エアロバイクやヨガマットを買ったりして散財しましたが、陸上トレーニングの比率が増えるにつれて、趣味のアニメを「イッキ見」してしまったり、プールへの移動に時間がかかりすぎて練習に集中できないこともありました」
ーー大事にしていること
「どこかを頑張りすぎると、どこかが弱くなる。自分がいま大事にしてるのは、職場にちゃんと行って、プールで泳ぐ。基本のサイクルを大事に考えています。継続したら、何かがみえてくるのか? そういうことも確かめたいと思います」
久しぶりの大会
去る11月、10ヶ月ぶりとなるパラ水泳の公式試合が宮城県で開催された。来年に延期された東京パラリンピックを目指す選手のため特別にセッティングされたレースだった。無観客で、メディアには公開され、パラ水泳を追いリオパラリンピックや世界選手権(2019年ロンドン)を取材した選手たちにとって顔馴染みになる記者たちも多く訪れていた。
11月7日、100m平泳ぎSB14で林田のタイムは1分11秒13だった。「練習が思うようにできなかったにしては良いタイムだが、(自己ベストの)9秒を切りたかった。まだまだ調整しなくてはいけないことがたくさんある泳ぎだった」と泳ぎの感想を口にしていた。
林田が挑む100m平泳ぎSB14は、日本が世界記録に絡む激戦区である。世界記録保持者・山口尚秀(四国ガス)を筆頭に、200m個人メドレーで世界記録をもつ東海林大(三菱商事)、ロンドンパラ金メダリスト田中康大(セントラルスポーツ)、長く競い合ってきた加古敏矢(トヨタループス)も含め、国内だけで4人がベテラン林田の前に立ちはばかる。国内5番手、世界ランク9位(2020年現在)というのがいまの林田のポジションだ。
この日、林田と同じレースを泳いだ世界王者の山口が、自己ベスト(=世界記録)を更新、新たな世界記録(=1分4秒13)を樹立した。コロナ禍の空気に左右されない強さをみせた山口が、宮城から世界へ朗報を届けた。
「練習の時でさえ、山口くんには格別の力を感じる。僕がトビウオみたいに泳ごうと思っていると、(モーターか何かがついてる)ビート板がとんで行くような速さだ」と、林田はライバルへの驚きをそんなふうに表現していた。
強化指定選手らが集まるNTC(ナショナルトレーニングセンター)での練習は、常に世界と競争する仲間がいる。同じクラスの山口だけでなく、視覚障害のクラスのエース・木村敬一(東京ガス)や、木村のライバル富田宇宙(日体大大学院)などの切磋琢磨する泳ぎに林田はつねに刺激をうけることができるという。
「よく(全盲の)木村選手の隣のレーンで練習することがあるんです。木村選手はパワーがすごい。ときどき自分のなかで、木村選手とタイムを競ったりしています。富田選手とは、生年月日が13日しか違わないんです。そんなことを励みにしながら泳いでいます」
異なるクラスだがリアルタイムでは近いようだ。公式のレースでは競うことがないが、実際のタイムで想像し、密かに楽しむことが林田の励みになっていると告白してくれた。
「競泳を始めた当初(7歳)はバタフライに取り組んでいましたが、北島康介の世界選手権の泳ぎを見て憧れ、100m平泳ぎを目指すようになったんです。ターンの浮き上がりの伸びなど、フォームのかっこよさに憧れます。雲の上のような目標ですが、いつも目標にして泳いでいます」
ーー生活の目標は、一人暮らし
水泳の目標と同時に、林田には生活の目標があった。
「1~2年のうちに一人暮らしをしたいという希望があって、自炊の練習をしています。毎日、弁当を作っています。自分で作った弁当を自分で食べて、味わって。卵焼きにこだわっていて丸くつくれると嬉しかったりしています」
継続の先にあるもの
横浜での林田泰河の競技生活は今日も続いている。そして、延期となった東京パラリンピックの選考会は、林田の地元横浜国際プールで来年5月に予定されている。水泳ではすでに3名の選手が日本代表に選出されているが、水泳日本代表として27名が選出される予定で、あと24名の出場枠が残っている。
有力視されるのは昨年の世界選手権(2019年ロンドン)に出場した14名の選手、あるいは5月の大会までに派遣標準記録をクリアした選手のいずれかとなるだろう。
林田本人が口にしたように、「継続した先にあるものは何か」を見極めたい。競技と仕事の両立の取り組みの先に日本代表があるのかはまだわからないが、ともに見ていきたい。
(記事・佐々木延江、取材協力・江原顕、校正・望月芳子、村田有季子、写真・PARAPHOTO/西川準矢、山下元気、秋冨哲生)