全国で成人式が祝われた1月13日、第3回日本知的障害者選手権新春水泳競技大会(日本知的障害者水泳連盟主催)が千葉県国際総合水泳競技場(習志野市)で開催された。東京2020へむけ最後の公式戦でもあり、身体障害の選手24人を含む432名(男子337名・女子95名)が出場、日本新記録2、大会新記録22が更新された。
昨年は9月にロンドン(イギリス)で開催されたパラ水泳世界選手権で山口尚秀(四国ガス)が100m平泳ぎで、東海林大(三菱商事)が200m個人メドレーで、それぞれ世界新記録を樹立、金メダルを獲得し東京パラリンピック出場が内定した華々しい記憶が蘇る。今大会も山口は50m自由形で日本新記録を更新した。
しかし昨年の知的水泳はそれだけではない。4年に1度開催されるINAS(国際知的障害者スポーツ連盟主催)のグローバルゲームズ(ブリスベン/オーストラリア)では、昨年10月、リレーを含む6つのアジア新記録を樹立した。
知的障害クラスの10年
日本の知的障害競泳のパラリンピックへの取り組みは2012年ロンドンにむけて開始された。オランダで開催された世界選手権(2010年)が初めてで、ちょうど10年を経た。この期間で大きな成長を果たしたと言える。昨年1年で8名(男子6名・女子2名)の選手により8の世界記録(リレーを含める)が樹立された。何よりパラ水泳世界選手権(身体障害も含めた)日本代表トップ14名のうち6名は知的障害クラスの選手である。
日本知的障害者水泳連盟で代表選手を率いる谷口裕美子氏は「連盟が設立されたころ(1999年)は、日本の知的の選手たちはまだパラリンピックを考えるレベルではありませんでした。競技として取り組むなかで、あいさつしたり、合宿にきたり、お金を使って買い物したり、ふつうの人と同じ努力や感情を経験することで成長がありました。たとえば、自閉症は争わないというけれども、負けて悔しい思いをしたり、孤独を感じたりもします。競技によって選手本人と保護者が大きく成長するのです」という。
競技をめざすことで、選手や保護者は学び、国内外のさまざまな障害のある選手との交流、競技スタッフやスポンサーのサポートを得られ、より良く生きる力を高める。なかでも、視覚障害や肢体不自由の選手たちとともにパラリンピックで闘う経験はもっとも大きな機会となっている。
その始まりが、2012年ロンドンであり、田中康大(セントラル)が100m平泳ぎで世界新記録で金メダルを獲得した。田中を追う知的障害のスイマーが増えだした。
2013年に東京2020開催が決まると、メディアに注目され、さらに競技をめざす人がふえていった。
リオパラリンピック(2016年)へは選考戦でライバルを制した中島啓智(あいおいニッセイ同和損保)が出場、200m個人メドレーで銅メダルを獲得した。
同じくコーチで世界大会へ帯同する八木慎一氏は「初期段階で何を教えるかという問題が指導側にあるかもしれませんが、知的障害の人が競技を覚えるには反復が必要、時間がかかります。1年かかったり、かけてもできないことも。うまくできるようになるが、障害がなくなるわけではない。極端に負けず嫌いの人はタイムを気にするのでタイムが速くなりやすい。個性として生かせば有利に働くこともある」と話していた。
知的障害のある人が競技に取り組むメリットは大きい。知的に障害があると技術の指導や習得には途方もない時間がかかる。しかし、得られるものは競技力だけではない。メディアからの質問に対応すれば苦手になりがちなコミュニケーション力もつく。自分の競技への取り組みについて説明もできるようになる。そんなふうにプールサイドでできるようになったことが、荒波の社会でも生かされる。
3月の選考会へ最終段階
3月6日より静岡にて行われる東京パラリンピック代表選考会にむけて13日が最後の公式戦となった。これまでは身体障害の大会に知的障害の選手が参加することはあったが、今回初めて身体障害のトップスイマーが知的の大会に参加し、ともに泳いだ。
知的障害の選手も身体障害の選手も、目標を掲げ競技に挑み、同じ共生社会への願いを抱いている。豊富な個性を生かして、ともに3月の東京2020パラリンピック選考会を目指して取り組み、夏には豊かでたくましい個性で日本代表チームを担ってくれることを願う。
<参考>
ロンドン2019パラ水泳世界選手権の記事
http://www.paraphoto.org/?cat=333
INASグローバルゲームス(ハイライトムービー)
https://youtu.be/ks4xCtMvy4w
※今大会は知的障害クラスの大会のため原則として本文中の競技名のあとのS14の表記を省略しております。