関連カテゴリ: 兵庫, 取材者の視点, 夏季競技, 東京パラムーブメント, 水泳 — 公開: 2019年7月29日 at 2:08 PM — 更新: 2019年8月12日 at 12:55 AM

パラ水泳強化指定選手が兵庫県水泳選手権に出場。パラリンピック1年前、強化と普及の状況。

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光州(韓国)での世界水泳で瀬戸大也(ANA)が金メダルを獲得した翌日。7月27日(土)から神戸ポートアイランドスポーツセンター(兵庫県神戸市)で第88回兵庫県水泳競技大会が開催され、パラリンピックを目指す強化指定選手のうち肢体不自由、視覚障害の18人が出場した。
2日間の競技で、1日目・100m自由形で窪田幸太(S8)が、2日目・50m自由形で石浦智美(S11)が日本記録を更新した。
兵庫ではこれまで神戸市市民水泳大会へパラアスリートが参加しているが、県レベルの大会での出場は初めて。

兵庫県水泳選手権大会1日目、100m自由形を泳ぐ地元兵庫県出身のパラリンピック・トップスイマー山田拓朗(S9・NTTドコモ)

会場は健常者のスイマーが大勢ひしめく中、世界選手権へ向かうパラスイマーの姿には注目が集まった。が、もとより個人種目であり選手同士は通常の大会と変わらない準備でのぞんでいた。また障害のあるなしによらず、自分のベストの力を出すことがスタッフにとって重要であり、競技進行はスムーズに行われていた。

大会は予選・決勝と2部形式で行われるなか、パラ選手は予選で希望する種目に参加するが、決勝は独自ルールが設けられ、50mと100mの自由型のみ、WPS(ワールドパラスイミング)ランキング8位内のタイムをクリアした選手たちで行われた。

レースに向かう選手たち。窪田幸太(日本体育大学/左)、山田拓朗(NTTドコモ/左から3番目)

2020東京パラリンピックまで1年となり、9月にロンドンでのパラ水泳世界選手権を控える選手たちにとっては本番前最後の公式大会で、世界選手権を意識した泳ぎが期待された。そのほか若手パラアスリートの強化のためには、練習での泳ぎこみも必要だが、公式大会数が圧倒的に少ない状況を補うための機会となった。

「(この大会では)混んでいる状況などを言い訳にせず、各自課題としていることを自覚し、きちんと振り返ることができていればいいと思います」と、峰村史世パラリンピック日本代表監督は話していた。

レース後にダウンする選手たち。峰村史世日本代表監督と

1日目、100m自由形で日本新記録を突破した窪田幸太(S8・日体大)は、
「予選から積極的にベストを出していった。決勝は思った以上に体がきつくなっていたので、前半は抑えて、後半に出し切った。目標はMQS=1分1秒79を切りたい。スタートをもっとよくするのと、後半失速するのを抑えることが課題になります。9月のジャパンパラに向けて調整していきます」と話していた。

競技のあとサブプールでダウンする窪田。峰村史世日本代表監督への結果報告(?)

地元兵庫出身で、アテネパラリンピックより4大会連続出場のベテラン山田拓朗はあまりいいタイムではなかった。
「タイムは良くなかったですが、いくつかの課題を試すことができ、東京に向けてフォームの改造に挑戦しています」と話していた。

山田のほか、世界選手権に出場する14名の選手は、9月1日からロンドン郊外のバジルドンでの合宿を経て、会場入りする。
3月に行われた世界選手権選考会で落選し国内での練習を続ける選手は、9月の世界選手権後すぐに開催されるジャパンパラ水泳競技大会(横浜)を目指している。世界の記録が更新された直後の大会であり、より世界と近い挑戦ができる。

いずれの選手たちも、来年3月の静岡で、2020東京パラリンピック日本代表へ最後の挑戦が控えている。

パラスイマーとともに、神戸地域の普及の歩み

兵庫県水泳選手権大会1日目。100m自由形を決勝まで泳いだパラ選手たち。窪田幸太は日本記録を更新した(右から3番目)

「パラ選手が健常者の中で泳いでも緊張せず、自己コントロール力を高め、来年の東京大会で地元開催であっても、平常心で臨む力を養うことが目的です。また、パラ水泳への理解を高め、支援の輪を広げたい」と、今大会での取り組みについて日本パラ水泳連盟常務理事の櫻井誠一氏は話す。会場内に応援グッズ販売コーナーも設置されていた。

兵庫地域での障害者水泳の普及は、1989年にフェスピック(*)神戸大会の開催地となった時に始まった。当時すでに2000年シドニー、2004年アテネパラリンピックが見えており、神戸に強い水泳チームを作ろうとした。

また4年前、IPC(国際パラリンピック委員会)水泳部門の地域戦略で、地域大会の記録を公認していくパイロット事業の提案を受け、神戸市民水泳大会がIPC公認大会となる初めての事例をつくった。

<参考>
(*)フェスピック(FESPIC GAMES):現在の「アジアパラ競技大会」が引き継いだ、アジア地域の障害者スポーツの総合競技大会。欧米に比べて障害者アスリートの競技機会が限られていたアジア・太平洋地域でもパラリンピックをと、故・中村裕博士(大分中村病院)が提唱し1975〜2006年まで9大会がアジア各地で開催された。

記事:「神戸から、募集中!あなたの町でIPC公認・市民水泳大会を開催しませんか?」
http://www.paraphoto.org/?p=5175

日本身体障がい者水泳連盟
・ホームページ
http://paraswim.jp/

取材協力:ニコンイメージングジャパン、日本障がい者水泳連盟

(校正 望月芳子)

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