関連カテゴリ: コラム, サッカー, 取材者の視点, 東京パラムーブメント, 電動車いすサッカー — 公開: 2019年6月9日 at 2:21 PM — 更新: 2019年7月8日 at 1:07 PM

映画「蹴る」に語られる物語の世界とつながって

知り・知らせるポイントを100文字で

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3月23日、映画公開初日の様子 写真・松本力
3月23日、映画公開初日の様子 写真・松本力

8年に及ぶ密着取材を経て完成した中村和彦監督の映画「蹴る」は、電動車椅子サッカー・ドキュメンタリーである。今年3月23日にロードショーを迎えてから3ヶ月がすぎようとしている。東京、大阪、神奈川の大都市での上映のほか、ヒロイン永岡真理の地元・横浜のレストランや、地区センター、浦和(埼玉)、仙台(宮城)、旭川(北海道)のパラスポーツコミュニティでの上映も含め各地で上映が実施・予定されている。

3月23日、映画公開初日の様子 写真・松本力
3月23日、映画公開初日の様子 写真・松本力

わが国はオリンピック・パラリンピックを目前に控え、にわかにスポーツに関心が高くなりつつあるが、サッカーは「グラスルーツ=草の根」という思想を大切にするスポーツ。一部の人だけではなく地域の人々のつながりで社会を変えていこうというヨーロッパ市民の発想が競技の普及や伝搬にも特徴として現れている。この映画も、そんなサッカー文化に支えられ、選手の命をかけた取り組みが、中村監督が指揮する制作関係者や上映地域の人々を通じて市井の人々でできる輪に伝えられ広がっているようだ。

足を使わないサッカー

サッカーであると同時に選手には重度の障害がある。「足を使わないサッカー」であり、上体や首の保持ができないほど重度の障害であるといえば、初めて聞く多くの人がそれは「サッカーなのか」「スポーツなのか?」と疑うことだろう。

写真・内田和稔
写真・内田和稔

プレーヤーは性別、障害の程度にかかわらず電動車椅子ユーザーがマシンパワーをてこにプレーする。ジョイスティック型のコントローラーを動く指先や顎で操作して、直径32.5センチのボールを電動車椅子のタイヤに取り付けられたバンパーで蹴り、奪い合い、ゴールをめざす。

世界ではフランスが早く1970年代に始まり、欧米に広まった。日本でも80年代に大阪市長居障がい者スポーツセンターで始まった。国内外それぞれの地域によって独自にすすめられてきたことが、統一ルールに向けたプレーヤーたちによる国際会議を経て、2007年・東京での8か国による第1回ワールドカップ開催につながった。

永岡真理(マルハン・28歳)の所属する「横浜クラッカーズ」は、世界大会へ向かうまっただ中の99年に競技志向の高いチームとして平野誠樹(現監督・38歳)を代表に「横浜ベイドリームPSC」から独立したチームだ。
その平野監督は選手時代チームのエースとして留学や遠征を経験、アテネパラリンピックでCP(脳性麻痺)サッカーを伝える執筆活動もし、ワールドカップ開催への取り組みで中心的存在だった。しかし、多くの電動車椅子サッカー選手にみられる筋ジストロフィーという進行性の障害を持ち、選手としてのピークを悲願のワールドカップ日本代表として迎えられたわけではない。第1回ワールドカップでは執筆で仲間の選手たちの活動を伝える側にまわった。

永岡はそんな平野の姿を見ながら成長、第1回アジア太平洋オセアニア選手権に日本初の女子代表として出場した。自分とチームのサッカーに自信と誇りを持って輝いている選手である。しかし、日本代表の選考は厳しいものだった。平野が選考会へ参加できなかった状況(体調)とは異なり、永岡は厳しい競技運営の決定を受け止めなければならなかった。

永岡の落選は映画の撮影にも大きく方向転換が迫られたことだろう。ドキュメンタリー映画の宿命であるし、それにより監督が目にしてきた様々な場面をこの機会に生かし、より大切な作品に仕上がったのではないだろうか。

世界は隣にある。

2017マリノスカップで対戦する飯島洸洋(FCクラッシャーズ/左)と永岡真理(横浜クラッカーズ/右)。撮影する中村和彦監督の姿も。 写真・内田和稔
2017マリノスカップで対戦する飯島洸洋(FCクラッシャーズ/左)と永岡真理(横浜クラッカーズ/右)。撮影する中村和彦監督の姿も。 写真・内田和稔

現在2020東京パラリンピックを目前にパラサッカー7団体の結成など、パラリンピック以外の障害者のスポーツにも注目が及ぶ時期である。「パラリンピックに電動車椅子サッカーを」と願っていた平野監督にとっても、クラッカーズや、これまで競技や普及に長く尽力してきたあらゆる人々にとっても、映画の完成は喜びであると思う。何より日々のチーム、地域での取り組みを知らせる大切な言葉になったと思う。

そして、長い競技の取り組みや、ドキュメンタリー撮影期間にも他界する選手の存在を知らせるものにもなっている。

ヒロイン永岡を含め、2017年のワールドカップ(フロリダ)日本代表をめぐるメンバーを中心に描かれているが、映画で紹介されている選手は、日本の電動車椅子サッカーを代表して伝える当事者でもあり、今を伝えるメッセンジャーだろう。

映画「蹴る」のヒロイン永岡真理 写真・内田和稔
映画「蹴る」のヒロイン永岡真理 写真・内田和稔

ニュース記事を読んだり、写真を見るだけでは想像できない世界がここにある。一人ひとりの選手が生き、自身の障害とサッカーへの想いに格闘する。命がけのギャンブルのようであり、間近に接しなければ思いもよらない現実、ファンキーな世界が、今日この瞬間も展開されて続けている。

中村監督の選手とむき合う取材は「電動車椅子=重度障害者」というイメージを崩し障害のある人々に大きな可能性を伝えるだろう。このサッカーの世界が、むき合う人、関わる人の内側・外側から、スポーツ、障害を取り巻く社会の認識を変えたように、つぎつぎと映画を見る人々がこの世界を共有し、多様であたたかい社会づくりを加速することを願う。

選手たちからのメッセージを受け止め、描かれた世界の一員になりたいと思えれば、人生の時間はより重要で面白くなるのではないだろうか。

<参考>
「蹴る」トレーラー映像(YouTube)
「蹴る」公式サイト
横浜から世界へ!横浜F・マリノスカップ 電動車椅子サッカー閉幕(記事)
サッカーへの想い、2020東京へとどけ!〜電動車いすサッカーイベントで競技の楽しさを伝える!〜(記事)

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