3月2日・3日に静岡県富士水泳場で行われた「パラ水泳春季記録会」。出場した選手のうち、リオパラリンピックメダリストの木村敬一(S11/東京ガス)など14人が、世界選手権の日本代表に選出された。
このうちの1人が、22歳の辻内彩野(S13/OSSO南砂)。今大会、50メートル自由形では27秒92の日本新記録をマークし、派遣標準記録を突破。初めての世界選手権出場を決めた。
「高校3年時のベストである28秒10を上回ったタイムだったので最初は信じられなかったです。28秒を切りたいという目標が今回やっと達成できたので、泣くくらい嬉しかった」と、試合後のミックスゾーンで笑顔がはじけた。
好記録の要因は、「入水の角度」。これまではその角度が直角に近く、浮き上がりに時間のロスがあったという。
年が明けてからは、より水面に対し平行に入水できるように特訓。プールサイドにスマートフォンを取り付け、スタートを撮影しフィードバックしてきた。
辻内の指導をする佐藤コーチは「浮き上がりも非常によく、以前のような悪い癖が出ていなかった。いいスタートが好タイムにつながったと思う」と評価。辻内も「スタートした瞬間にいけると実感した」と振り返っている。
世界への道を開いた娘。その時父は…
「ほっとしました」
そう話したのは、辻内のレースをスタンドで撮影していた父・満夫さん。フィニッシュの瞬間、真剣な表情が、一気にほころんだ。
「課題としていたスタートも悪くなかったし、佐藤コーチも”いざとなったらキックしかないんだからキックちゃんと打てよ”って言っていたけれどそれもちゃんとできていたし。最後のほうはちょっともたついてしまったけど、27秒台が出ていた。それでニコっとしちゃったのかも」
辻内は高校3年まで健常の水泳に打ち込み、1年余り前にパラ水泳の選手として戻ってきた。満夫さん自身もスイミングスクールの指導者。また辻内の母は高校時代に水泳選手としてインターハイや国体に出場、妹も現在大学で水泳選手として活躍している、「水泳一家」だ。
「小さい頃はお風呂でシャワーをふざけてぶっかけたりとかもしてましたし、彩野も手を離して湯船で浮いていたので、自然と水に慣れていたのだと思います」
強さの秘密は、2つの「父親譲り」
辻内の視覚に異変が起きたのは高校3年のことだった。病院にいくと、「黄斑ジストロフィー」と診断された。進行性で、今のところ治療法も分からない。
「なぜ彩野が…って。崖から突き落とされたようで、頭が真っ白になった」という当時の満夫さんに対し、「なんだか目が悪くなった理由(病気のせい)がわかったからラッキー。逆にほっとした」という辻内。
「その反応に思わず突っ込みましたけど、彩野は自分譲りの”楽天家”。だからこそ試合でも開き直って力を発揮できるんだと思います」と話す父・満夫さん。
ベテランも含め来年を見据え緊張する大会。辻内にとって初めての世界選手権出場をかけたレース前。筆者がプールサイドで会った時もいつも通りのリラックスした笑顔が印象的だった。
さらに、「社交的で人見知りをしないところ」も父親譲り。おかげで、周囲の声援にも助けられているという。
「彩野のアルバイト先は壮行会もお祝いもやってくれるし、僕の職場の方も彩野の為にTシャツを作ってくれたり。可愛がってくださるのが、すごくありがたいです」
2つの父親譲りを武器に、世界へ。
2020年は生まれ育った地元・東京で大暴れしてほしい。
(校正・佐々木延江)