今シーズンの締めくくり
11月17日から18日にかけて、足立区総合スポーツセンターにて開催された『日本ゴールボール選手権』。7月、9月に実施された予選会を勝ち抜いたクラブチーム(男子6チーム/女子4チーム)による日本一を懸けた戦いである。
ゴールボールは、第二次世界大戦で視覚に障がいを受けた傷痍軍人のリハビリテーションプログラムにルーツを持つ、障害者スポーツ独自の競技である。アイシェードを装着した1チーム3名がコートに立ち、鈴の入ったゴム製ボールを転がし合い、12分ハーフで点を争う。
10月にインドネシアで開催された『アジアパラ競技大会』を、日本代表女子が金メダル獲得、男子はメダル争いに惜敗したものの、第4位で終え、今大会は、2018年シーズンを締めくくる大一番でもあった。
初日に行われた予選リーグの結果を踏まえ、決勝で相まみえたのは女子が『九州なでしこ』と『国リハLadiesチームむさしずく』、男子が『Amaryllis』と『所沢サンダース』である。双方の決勝ともに点を獲り合う接戦となったが、男子は前回覇者の『Amaryllis』が、女子は前回4位の『国リハLadiesチームむさしずく』がそれぞれ優勝を飾った。
『Amaryllis』は『所沢サンダース』の追撃を終盤に突き放し、『国リハLadiesチームむさしずく』は前後半をドローで終えると、ゴールデン・ゴール方式(先に得点したチームが勝利)のサドンデスを制した。
3人で挑んだ日本一の舞台
今大会で着目したのは女子3位の『Moon Luster(ムーン・ラスター)』である。牽引するのは日本代表の欠端瑛子。先天性白皮症による弱視がある。横浜市立盲特別支援学校高等部でゴールボールに触れ、競技開始間もない2012年のロンドンパラリンピックでは金メダルメンバーにも名を連ねた。
10月のアジアパラでは決勝で中国を突き放す連続得点を決め、優勝に貢献した。リオパラリンピックの前後から始めたという『回転投げ』は、投球時の接地音を抑え、地を這うようなボールを送り出すことができる。ゴールボールでは音声が試合中の最も重要な情報源となるため、投球時の音を最小限にすることは、相手の守備を撹乱する上で極めて有効だ。勿論、強い投球でボールをバウンドさせ、ディフェンダーを飛び越えるショットも可能だ。
『Moon Luster』のチームメンバーは3名。コート上に立つのは3人であるから、まさにギリギリの布陣だ。ゴールボールのルールではタイムアウトと選手交代(サブスティテューション)を1試合でそれぞれ4回まで行うことができる(内、1回は前半中)が、選手交代の余地がない場合、交代要員のいるチームと比べて、“試合を一度止める権利”が実質的には半分ということになる。単純な休息以外にも、試合のリズムを変えたり、対戦相手に傾いた流れを寸断することにも用いられるタイムアウトやサブスティテューションは、ゴールボールにおける戦術展開のポイントでもある。その回数が少ないことは、勝負においてハンディにもなりうるというわけだ。
予選全敗から、総力戦で掴んだ表彰台
昨年は予選会で敗退した為、日本選手権への出場は叶わなかったが、今大会では、『チーム付属』(筑波大学附属視覚特別支援学校の在校生・卒業生によるチーム)を3位決定戦で破った。同チームは前回2位で、日本代表キャプテンを務める天摩由貴を擁する強豪である。
苦しんで掴んだ3位でもあった。予選リーグで『Moon Luster』は全敗。「チャンスボールを確実にものにできなかった。ボールコントロールがまだまだですね……」と欠端も言うとおり、決定力に課題を残していた。日本代表ではウィングのポジションにある欠端だが、今大会ではセンターを務めた。相手の投球と真っ先に対峙する位置であり、守備時は両サイドへのケアも必要になる為、重要であり重圧の掛かるポジションである。「(センターは)凄く怖かったです。足先の守備に課題があって、ウィングの2人に凄く負担をかけたと思います」と欠端は振り返る。
3位決定戦では、欠端以外の2人がエースを助けた。欠端の高校の同級生でもある内田佳は、守備を得意とする選手。センターの欠端が守りきれなかった攻撃を幾度もブロックした。
「3位決定戦は特にスロー(攻撃)よりもディフェンスを、という思いでした。予選リーグでは負けた『チーム付属』ですが、昨日対戦したことで慣れもあったと思います。(欠端とは)高校1年からずっと一緒に練習をしているので、言葉がなくても心でわかるような感覚ですね」
内田は、守備に寄与するだけではない。試合中は要所でメンバーに声を掛け、ムードメーカーの役割も果たしていた。
欠端も言う。
「ケイさん(内田)とはもう10年くらいの付き合いです。今回もチームを和ませてくれて、3位決定戦ではリラックスしてプレーできました。守備でもかなり助けられました。私自身も、自分の中に不安をためないで、怖い部分や嫌な部分をメンバーに伝えるようにしていました。『ここは大丈夫だから任せて』と言ってもらえることもあったので、安心しました」
晴眼者のゴールボーラー。「最初は“聴こえなかった”」
もう一人は徳永梨沙。大学2年生の徳永は、数少ない晴眼者のゴールボールプレーヤーだ。ゴールボールでは、代表戦などの国際大会に出場できるのは視覚障がい者のみだが、国内の試合にはアイシェードを装着して条件を同じにすることで、晴眼者でもプレーが可能である。
「交代要員がいないなか、カケ(欠端)の負担が大きくなって大変でした。でも私たちは、勢いのある投球だけではなく、スローボールやカケのスピードボール、バウンドボールも活かすことができるチーム。私たちだからできることをやろうという思いで、最後の試合に臨みました」
徳永がゴールボールを始めたきっかけは、『Moon Luster』のコーチである池田貴氏が、高校時代の担任だったことによる。高校1年生の夏から大会のボランティアスタッフとして関わり始めると、「晴眼者でもできる」と言われて、高校2年時からプレーもするようになったという。
「最初は、“聴こえなかった”んです。というのも、視覚障がいのある選手の方が聴覚が鋭いんですね。それまで視覚に頼っていた私にとっては、聴覚が慣れるまでに時間がかかりました。同時に“見えない”恐怖もあるので、始めたばかりの頃はパニックでしたね(笑)」
徳永は現在、日本ゴールボール協会のスタッフとしても活動しており、女子ユースチームのコーチを務めている。「(晴眼者も含めて)ゴールボールを色々な人に知ってもらいたいので広報にも力を入れたい」と話す。
「私も、始める前は、選手のことを『障害者』という括りで見ていたというか、関わりがないぶん分からないことも多かったんです。でも、“目が見えないだけ”ですし、一工夫加えれば普段の生活も同じようにできる。普通に生活しているだけではまったく気づかないようなことに、私自身が気づくことができて、いろいろなことを学べています」
来年もこのチームで
『Moon Luster』のチーム名の由来はポルトガル語の「月の光」から来ているという。メンバーの一人ひとりの特徴を「星の光」に例えると、さらに明るい「月の光」は多くの人々を照らし、助けるものの象徴。「自分たちには、周囲の助けが必要不可欠である」という意図を込めてのチーム名だ。
日本代表の欠端、守備で献身する内田、晴眼者プレーヤーとしてチームに溶け込む徳永。一人ひとりが「星の光」であるだけでなく、内田や徳永の言葉からも伺えるように、互いに助け合う関係、すなわち、「月の光」でもあると言えよう。
チームの課題はやはり、メンバーの数だ。欠端は言う。
「来年もこのチームでプレーしていきます。でも3人だとちょっと大変なので、もう2人くらいメンバーを増やしたいですね。晴眼者、視覚障がい関係なく、です。ゴールボールの醍醐味はやはり“音”。『何で見えていないのにあんなふうに動けるの?』とよく疑問を持たれるんですけど、選手の声に耳をすませてみると、各チームの作戦が見えてくると思います。そんなところから、ゴールボールに興味を持ってくれたら良いな、と」
<参考>
アジパラ2019記事:因縁のライバル・中国を撃破し日本女子ゴールボールが涙の金メダル
http://www.paraphoto.org/?p=19493
(取材・文・写真:吉田直人 校正・佐々木延江)