関連カテゴリ: トラック・フィールド, 取材者の視点, 夏季競技, 観戦レポート, 陸上 — 公開: 2018年7月3日 at 1:12 AM — 更新: 2018年7月7日 at 4:42 AM

「国内だろうが、海外だろうが、誰にも負けるつもりはない」パラ陸上・佐藤友祈、2つのワールド・レコード樹立までの布石

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1500m世界記録を表示するタイマー 写真・内田和稔
1500m世界記録を表示するタイマー 写真・内田和稔

相手が“見えない”という難しさ

7月1日、関東パラ陸上競技選手権。2日目の1500m、400mに出場した佐藤友祈(WORLD AC/T52クラス)は、両種目で世界新記録をマークした。

「(風の影響が)酷かったです。レーサー(レース用車いす)の前輪も振られてしまって、レーンを維持することもしんどかったんです」と佐藤が語るように、トラックを周回する競技は無風が最適とも言われる中で、風が安定せず、「舞っている」状態。ベストコンディションとは言えない状況下、1500mでは約4秒(3分25秒08)、400m(55秒13)ではコンマ6秒、従来の世界記録を上回った。

16年のリオ・パラリンピックでは同種目で銀メダル。佐藤の前を行ったのは、レイモンド・マーティン(米国)。12年のロンドン・パラリンピックで4冠を達成した王者に、リオでも完勝を許した。そして昨年のロンドン世界選手権。自身が競技を始めるきっかけにもなったマーティンを“直接対決”で遂に打ち破る。次のステップは、同選手の持つ世界記録更新に照準を定めていた。しかし、記録更新を狙い、満を持して臨んだ5月〜6月のスイス遠征では不本意な結果に終わり、今大会を迎えていた。

会場の町田市立野津田競技場は、昨年も走って相性の良さを感じていた。「ここで出せなかったら、今年の世界記録更新は無理だろう」という意識のもと、スタートラインに並んだ。

まず、1500mに登場した佐藤は、独走状態の中で終盤まで勢いを絶やさない。フィニッシュ・ライン通過の瞬間は雄叫びを上げた。続く400mでは「疲弊しきっている中」での記録更新であった。両種目のインターバルは約1時間。自分自身と闘っていた。

400m世界記録を表示するタイマー 写真・内田和稔
400m世界記録を表示するタイマー 写真・内田和稔

「競う相手がいる場合は、メンタル的にもラクなんです。先にいる相手に、何センチという単位でも、ひと漕ぎ毎に近づいていくことができれば良い。でも、世界記録との闘いは、相手が見えないんです。そこが非常に難しかった」

減量と転換、そして解放

快記録には3つの布石があった。

ボディコントロール、スタート直後の加速法の変更、スピードメーターの排除である。

「今年に入ってから、順調に体重も落ちてきていて」と話す佐藤は、リオ時の77〜78キロと比較して、5〜6キロの減量に成功。スタート直後の加速を得意とするマーティンに対抗する為、苦手とするスタートの改善に継続的に取り組んできた佐藤にとって、軽量化は一つのテーマでもあった。

合わせて、“スタート直後の動作”にもひと工夫加えた。上述の「スタート改善」の一環として、トレーニングの段階から「最初からしっかり早く出る」ことを意識していたが、「無理に力を入れることで、途中で身体が固まってしまうという感覚があった」。そこで、初速から“リキを入れる”ことを思い切ってやめた。

代わりに取り入れた動作は「5発目からの加速」だった。

「スタートして、1、2、3、4、5漕ぎ目から一気に力を入れるイメージです。5回目までは、ゆっくりというか、自分のペースで出て良い。そんなアドバイスを貰って。結果として、中盤でトップスピードに乗った後、終盤も突っ込み切ることができている感覚です」

ースタートの早いマーティンを意識してやっていたトレーニングが実は、最適では無かった?

記者の質問に、「はい。それを今回、証明できたかなと思います。自分のペースで走れば良いんだ、という手応えもありましたね」と話した。

減量と転換。スタート・ダッシュの改善に取り組んできた佐藤にとって、一つの解が見えたレースでもあったようだ。

3つ目のスピードメーターの排除は、佐藤からチームの監督兼選手である松永仁志への提案でもあった。スイス遠征時までは欠かさずレーサーに装着していたスピードメーターを取り外し、時間と速度の確認から自身を解放してレースに臨んでいた。

「スイスで(メーターを)意識しすぎちゃって。それで、松永さんに、『関東では、出る種目全部メーター外して良いですか』という相談をして、『じゃあ、外してみようか』と。それが正解でした。向かい風だと、感覚的にも減速しているのが分かる。そこでメーターを見てしまうと、減速していることがはっきり分かってしまうので、心理的にもきつくなって、自分に見えないリミットをかけてしまう。(メーターを)外したことで、そのリミットがちょっと外れやすくなったのかな、と」

ホームストレートは向かい風が吹き、条件の芳しくなかった今回のレースにおいて、その判断が吉と出た。

1500mで世界記録を更新。ガッツポーズと共に雄叫びを上げ佐藤友祈 写真・内田和稔
1500mで世界記録を更新。ガッツポーズと共に雄叫びを上げ佐藤友祈 写真・内田和稔

死角の無い走力。みなぎる自信

実は昨年の時点で、T52クラスの400mと1500mは、パラリンピックの種目から除外される可能性が浮上していたが、見送られた。
とはいえ、「全然、800mでもいける自信はありますね」と佐藤が話すように、今回の1500mにおいて、800mの通過タイムが世界記録を上回っていたという。仮に、得意種目が無くなっていたとしても、ロングスプリント、ミドルディスタンスの領域において、佐藤は頂点に最も近い位置にいるといえる。

世界選手権で、ライバルを直接対決で下しての2冠、そして今回の世界新記録樹立。「名実ともに世界のトップでは」と聞くと、佐藤は言下に否定した。「パラリンピックのタイトルがまだ無いので」

課題もまだある。

「手首がどうしても弱いのですが、そこを強化するのは難しい。日頃のケアをしっかりして、手首に疲労を残さないことと、怪我とかでトレーニングに穴を開けないことを意識してやっていきたいと思います」

今シーズンの大舞台は、10月のアジアパラ競技大会。選出されれば、今月7日、8日のジャパンパラ陸上(群馬)、9月の日本選手権(香川)を経て、インドネシア・ジャカルタでの同大会が控える。

「国内だろうが、海外だろうが、誰にも負けるつもりはないです。400m、1500mでは、国内では常にトップを取り続けるし、海外でもトップをキープしていきたい。そこは、誰にも譲る気はないです。そうでなければ、東京で金メダルなんで口にできないです」

ミックスゾーンでインタビューに応える佐藤の表情と口調は、終始堂々としていた。

譲れぬプライドを旨に、勝ち続けることを誓う佐藤友祈 写真・内田和稔
譲れぬプライドを旨に、勝ち続けることを誓う佐藤友祈 写真・内田和稔

(校正・佐々木延江)

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