関連カテゴリ: Tokyo 2020, 取材者の視点, 地域, 夏季競技, 東京パラムーブメント, 車いすバスケットボール — 公開: 2018年6月15日 at 5:53 PM — 更新: 2018年6月16日 at 8:32 PM

レジェンドの復帰と若い才能の萌芽。車いすバスケットボール・カナダチームのこれから

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パット・アンダーソンは若いチームのカンフル剤

日本代表の全勝優勝で幕を閉じた車いすバスケットボールの国際強化試合『三菱電機ワールドチャレンジカップ2018』。

粘り強いディフェンスとスピーディなオフェンスを行き来する“トランジション・バスケ”を身上とする日本が、世界の強豪3カ国(ドイツ、カナダ、オーストラリア)を相手にどこまでの戦いを見せるのか。日本の座標を確認することに加え、今大会にはもう1つ、注目されたトピックがあった。
カナダ代表の生きる伝説、パトリック(パット)・アンダーソンの存在である。

ハイポインター(*注)ならではのダイナミックなプレーと高さ、高度なチェアワーク(車いす操作)を駆使するベテラン。
パラリンピックにおけるカナダは、シドニー(2000年)、アテネ(2004年)、ロンドン(2012年)と金メダル。北京(2008年)も銀メダルに輝いている。パットは、そのいずれにおいても、中心選手としてチームを牽引。紛れもない、車いすバスケットボール界のスターだ。

パット・アンダーソン(12番・4.5点) 写真・山下元気
パット・アンダーソン(12番・4.5点) 写真・山下元気

パットを欠いた前回2016年のリオパラリンピックで、カナダは12チーム中11位と惨敗した。その後パットはふたたび代表に復帰した。
「代表としてプレーしていない間も、カナダチームの練習に参加し、改めて挑戦心をくすぐられた。2020年に、もう一度パラリンピックの舞台を踏みたいと感じた」
本人は復帰した理由をこう語るが、積み重ねてきた実績と経験ゆえ、チーム再建のカンフル剤(蘇生力)の役割も大きい。現在のカナダは日本ほどではないが、若いチーム。チームの再建は、世代交代の促進と同義でもある。パットと彼を迎えた『チーム・カナダ』に、今大会は着目してみた。


大会の開幕に先立って行われた記者会見で、カナダのキャプテンであり、パットとも長く共にプレーしてきたデイヴィッド・エングとマテオ・フェリアーニヘッドコーチに尋ねた。

 ―パット復帰後の変化と期待の若手は?

デイヴィッド「彼が戻ってきたことで、チームの総合力が向上した。現在のカナダは非常に若いチーム。具体的に名前は挙げないけれど、多くの力のある若い選手が集まっている。それが彼が復帰を決めた理由の一つでもあると思っている。彼は自分の才能や知識を若い世代に引き継いでいきたいと思ったんじゃないかな」

大会2日目(6月9日)、日本VSカナダ戦。キャプテン・ディビット(左)と藤本怜央(右)持ち点はともに4.5点 写真・水口之孝
大会2日目(6月9日)、日本VSカナダ戦。キャプテン・ディビット(左)と藤本怜央(右)持ち点はともに4.5点 写真・水口之孝

マテオ「パットが復帰したことでやりやすくなった点と課題の両方がある。前者はやはり得点を決めてくれ、問題があった時に解決策を見出してくれること。後者は、この若いチームに必要な技術面を引き上げる方法を一緒に考える必要があるということ。いわば、彼のスキルの秘密をどうメンバーに共有していくのかということだと思う」

カナダヘッドコーチ・マテオ・フェリアーニ氏 写真・筆者撮影
カナダヘッドコーチ・マテオ・フェリアーニ氏 写真・筆者撮影

台頭する若手プレイヤー

今大会は、出場4チームによるリーグ戦の結果を踏まえて、順位決定戦を行うという構成。結果から言えばカナダはリーグ戦では1勝2敗。順位決定戦で、リーグ戦でも勝利したドイツを再度破り第3位となった。

第3Q以降に突き放され、約30点差で敗れたオーストラリア戦(大会初日/6月8日・第2試合)後、パットは話した。
「途中から相手に自由な空間を広範囲で与えてしまうなど多くの課題があった。若さゆえの短所が出てしまったとも言える。でも、一部の若手は決断が早く、コミュニケーションスキルもある。日々進化が見える」


大会2日目(6月9日)カナダVS日本戦。カナダ、ニク・ゴンシン(4番・4.5点) 写真・水口之孝
大会2日目(6月9日)カナダVS日本戦。カナダ、ニク・ゴンシン(4番・4.5点) 写真・水口之孝

勝利したドイツ戦(大会2日目/6月9日・第3試合)後、キャプテン・デイヴィッドにプレーの良かった若手選手を聞くと、記者会見の時には出なかった具体名が出てきた。
7番のヴィンセント・ダレール、持ち点1.5のローポインターである。22歳で、パラリンピックの出場経験はまだないが、昨年のジュニア世界選手権で6位に入ったカナダのメンバーでもある(日本はベスト4)。持ち点やポジションを見ると、今大会のベスト5にも選出された岩井孝義(SMBC日興証券/富山県WBC)や、川原凛(ローソン/千葉ホークス)、緋田高大(Gunosy/千葉ホークス)ら、日本の若手プレーヤーと比較できる戦力ではないだろうか。

今回のカナダチームのうち、パラリンピック経験者は8名。メダル経験のあるプレイヤーは5名。今大会どのゲームでも、その5名が比較的長時間プレーし、パットが多くの得点を稼いでいた。その中で、ヴィンセントはスターティング・メンバーに名を連ね、プレータイムも経験豊富な選手に匹敵する。ドイツとの3位決定戦では、ディフェンスも懸命にこなし、隙と見ればゴール下にフリーで進入してキーエリアのパットらから絶妙なパスを受け、チーム2番目の15得点を稼いだ。

“ロールモデル”はパット

勝利で終えたドイツとの最終戦の後、ヴィンセント本人に、デイヴィッドキャプテンからの評価を伝えると、照れ笑いを浮かべた。
「久しぶりに満足した試合ができたと思っています。これからも最大限のパフォーマンスを発揮していきたい。高い意識を持ち、試合ではポゼッション(=支配率)を高めていくことを重視したいと思っています」

車椅子バスケットボール・カナダ代表のホームページでプロフィールを覗くと、ヴィンセントは憧れの選手としてパットの名前を挙げている。ローポインターとハイポインターの違いはあっても若手プレイヤーに対してパットの与える影響は大きい。

3位決定戦(6月10日)でパット・アンダーソンとともに出場するカナダのビンセント・ダレール(7番/1.5点) 写真・水口之孝
3位決定戦(6月10日)でパット・アンダーソンとともに出場するカナダのビンセント・ダレール(7番/1.5点) 写真・水口之孝
3位決定戦のあと、ミックスゾーンでインタビューに応じてくれたヴィンセント。 写真:筆者撮影
3位決定戦のあと、ミックスゾーンでインタビューに応じてくれたヴィンセント。 写真:筆者撮影

全ゲームを終えたパットにもヴィンセントについて聞くとこう返してきた。

「あぁ、ヴィニー(=ヴィンセント)か。彼は注目選手の1人。僕らは彼をサポートしつつ、若干プレッシャーもかけるけど、彼の成長によってチームは強くなる。まだ若くてムラもあるけど、既にチームに必要な存在だね」

“レジェンド”が安堵する日

パットは車いすバスケットボールにおいてだけでなく、パラスポーツの世界においても、多くの人が名前を知る“レジェンド”だ。

しかし、現在38歳。代表に復帰したものの、2020年の東京が、今度こそ最後になる可能性は高い。だからこそ、記者会見時にキャプテンのデイヴィッドが言った「自分の才能や知識を若い世代に引き継いでいきたいと思ったんじゃないか」という言葉にも合点がいく。

また、そんなパットとマッチアップした日本の鳥海連志(日体大/パラ神奈川SC)はこう話した。

大会2日目、日本VSカナダ戦でシュートを打つ鳥海蓮志(5番/2.5点・パラ神奈川SC) 写真・水口之孝
大会2日目、日本VSカナダ戦でシュートを打つ鳥海蓮志(5番/2.5点・パラ神奈川SC) 写真・水口之孝

「昔を知らない分、今のパットについてしか言えませんが、細かい動きから大きな動きまで早い。でも、オールコートで対峙したら別に抜かれる相手ではないとは思っています。そこに関しては自信を持ってディフェンスできましたし、今後はもっと抑えられるようになると思います」

成長著しい日本の若手プレイヤーに、“レジェンド”に対する先入観はないようだ。

“スター”が“スター”たりうる要素の一つに、他人が抱く“イメージ”がある。しかしチームスポーツにおいては、1人のスターだけでゲームが成り立つとも限らないことは明白であるし、イメージは時間の経過と共に更新される時もあるのだ。

大会2日目(6月9日)、日本VSカナダ戦。パット(左)とともに出場するビンセント(右)中央に今大会で注目された日本の古澤拓也(7番・3.0点/パラ神奈川SC) 写真・水口之孝
大会2日目(6月9日)、日本VSカナダ戦。パット(左)とともに出場するビンセント(右)中央に今大会で注目された日本の古澤拓也(7番・3.0点/パラ神奈川SC) 写真・水口之孝

思えば、ヴィンセントのパフォーマンスについて尋ねた時、パットは少し笑みを浮かべていた。

「彼について聞いてくれて有難う。僕の気持ちを彼に直接伝えるよ」

今のパットにとっては、自分自身のことについて尋ねられるよりも、チーム自体の成長について聞かれる方が時には嬉しいのかもしれない。

最終日(6月10日)ドイツとの3位決定戦を勝利に終えたパット・アンダーソン。ミックスゾーンで 写真・佐々木延江
最終日(6月10日)ドイツとの3位決定戦を勝利に終えたパット・アンダーソン。ミックスゾーンで 写真・佐々木延江

パットの復帰によるチームの変化と、スキルの継承。“レジェンド”の存在は、競技の裾野を広げる上でも大きい。ひょっとすると、カナダ代表には、近い将来ふたたび偉大なプレイヤーが現れるかもしれない。そして、その時、パットは本当に引退できるのかもしれない。

2020年、東京で、カナダチームはどんなチームに成長しているだろうか。

*注:車いすバスケットボールは、障害の種別・程度に応じて、各選手が1〜4.5までの持ち点を持ち、コート上に立つ5人の合計点が14点を超えない布陣で戦う。障害の重さから順に、1〜2.5点をローポインター、3〜3.5点をミドルポインター、4〜4.5点をハイポインターと呼ぶ。

(校正・佐々木延江、取材協力・田中綾子、中村”Manto”真人、中山薫子)

パラフォトの取材はニコンイメージングジャパンによる撮影機材協力により行われています。

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