関連カテゴリ: World Paratriathlon Series, コラム, トライアスロン, 周辺事情, 地域, 横浜 — 公開: 2017年6月2日 at 1:20 AM — 更新: 2021年5月29日 at 12:27 PM

メッセージ・フロム・リオ 〜Marcelo Colletより〜

子供の頃

コレットは子供の頃からスポーツが大好きで、遊びであろうと、学校の体育の授業であろうと常に競い、決して力を抜かず、負けず嫌いだったという。プロのスポーツ選手を目指し、14歳の頃からスポンサーもついて次々とマラソンなどの公式大会に参加し、結果を出し続けた。
17歳(1997年)でトライアスリートに転身、強豪達と競う世界トライアスロンシリーズのジュニア部門で初出場が決まり、オリンピックを目指していた。

大会まで一ヶ月半、サイクリング中に車に跳ねられ、スポーツ人生に亀裂

大会まで一ヶ月半、サイクリング中に車に跳ねられ、スポーツ人生に亀裂が走った。自分の人生はどうなってしまうのだろう?と一瞬不安になるが、「スポーツがある、左足はすぐに治るんだから」と、冷静になり、少しづつトライアスロンのトレーニングを始めた。事故の後遺症により一生障害者として生きていかなければならないことを理解したのは、事故から8ヶ月〜1年くらい経った頃に医者に告げられた時だった。そして、水泳以外のトレーニングは足の治療に悪影響を及ぼすため、直ちに止めるよう言われた。

それでもオリンピックへの夢を諦めきれなかったコレットは、3年は一般の部で様々な水泳大会に出場、ひたすらトップを目指した。

 →水泳で、パラリンピック・アスリートに

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